Good night, Baby
……カラン……
 窓越しに夜景を眺めていた俺は、扉の開く音に振り返った。
 支配人に導かれつつ優雅に進んできたのは、華やかな紅いドレスに身を包んだ妙齢の美女。俺の待ち人だ。
「ごめんなさい、待たせちゃったかしら」
──男を待たせるのも、イイ女の条件って言うぜ。
「あら。それならもっと遅れて来るんだったわ」
 悪戯っぽい笑みを浮かべ、彼女は向かいの席に着いた。 ドレスの裾が、ふわりと俺の脚をくすぐる。
──今日も一段とステキだね。よく似合ってるよ、不二子ちゃん。
「ふふ…。アナタにそう言ってもらえると嬉しいわ」
 艶やかな視線を受け、俺は心臓の鼓動が早まるのを感じた。


「……で、話というのは、何?」
 楽しい会話の合間に次々と運ばれてくる料理をほぼ片付けた頃、彼女が口にした。
 俺がこの高級レストランに、「大事な話がある」と呼び出したわけを聞いているのだ。 正直言い出すタイミングを計っていたところだったので、彼女から切り出してくれたことは有り難い。
──そう、それなんだけどな……
 俺は殊更真面目な表情を作り、姿勢を正した。
「なによ、もったいぶらないでちょうだい」
 そう言いつつも、釣られたように真剣な眼差しになる。恐らくは、これから起こることを予期していたのだろう。
──不二子……これ、貰ってくれないか。
 俺は懐から小箱を取り出した。そっと蓋を開け、中身をあらわにする。美麗な意匠のダイヤの指輪を前に、彼女が息を飲むのが分かった。
──結婚しよう。俺たち、もうそういう域に来てると思うぜ。
 決まった、と思った。今の俺は、きっと最高にカッコイイ筈だ。
 俺はそっと彼女の手を取ると、優しく指輪をはめてやった。苦労して手に入れた逸品だけに、しなやかで美しい指に良く似合う。
 実を言うと、猫のように気まぐれな彼女のことだから、すんなりと受け取ってくれるのかどうか一抹の不安はあった。 しかし、ふいの呼び出しに精一杯のお洒落をして駆け付けてくれたのだ。これが自然の流れというものだろう。なにしろ彼女は俺に惚れているのだから。
──幸せにするからさ。
 照れくささを隠して小声で言った俺に、彼女は嬉しそうに囁き返した。
「ありがとう。あたし、今とても幸せよ……」





 その瞬間、世界がグラリと傾いた。
──なんだ、俺、酔ってしまったのか?
 そんなに呑んだつもりはないのだが、我知らず緊張していて、酔いが回りやすくなったらしい。
 それにしても、このだるさは一体何なのだろう。身体が思うように動かせず、もどかしいことこの上ない。 しかも、何故だか無性に眠くなってきた。あぁ、彼女に介抱してもらわなければ……。
 顔を上げようと身じろぎした俺の耳に、聞き覚えのない男の声が飛び込んできた。

「なんだ、眠らせちまったのかい?」
「あら、ルパンじゃない。いつの間に来てたの」
「いやぁ、不二子ちゃんがいつになくおめかしして出て行ったからさ。ちぃっとばかし気になってな」
「妬いてるの?」
「まさか。こんな若造に?」
「そうよ、だから困っちゃったのよ。イイ男だし、そこそこ金持ちみたいだったから暇つぶしに付き合ってあげたんだけど、 本気でこのあたしと釣り合うとでも思ってたのかしら」
「この指輪も、たいしてイイモノには見えねぇしなぁ」
「安く見られたものね」
「これで精一杯だったんだろ」
「だいたい“そういう域”って何なのよ。数回会ってあげたくらいで、自惚れるのも大概にして欲しいわ」
「こんなヒヨっこ相手にするからだろ。罪な女だぜ」
「褒め言葉と受け取っておくわ。……さぁ、行きましょう」
「おいおい。その安物指輪、持って行っちまう気かい?」
「当然でしょう。世間知らずのお坊ちゃんも、これで大人の世界の厳しさってものを知るのよ」
「キビシ〜ねぇ」
「潮時だったのよ。これでスッキリしたわ」


 薄れゆく意識の中で、俺は彼女の甘い囁きを聞いた気がした──
「……おやすみなさい、坊や。良い夢を……」
END
【Good night, Baby】

前半の「男」をルパンと思って(勘違いして)頂けたら嬉しいのですが……やっぱり無理があるかなぁ( ̄∇ ̄ゞ
こうやって不二子ちゃんに翻弄され利用されちゃう男、結構多そうですよね(笑)

(2007/2/25)

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