ぬくもり
「くっ……」
五右ェ門は斬鉄剣を構えなおした。
未だ致命傷に至る傷は受けていない。しかし、闘い始めて既に数時間が経過している。もはや体力の限界近くであることは確かだった。
そしてそれは、対峙する相手にとっても同様であった。辛うじて動く元気のある者たちが、ようやく闘いに見切りをつけ、倒れた仲間を半ば引きずるようにして去って行く。

──追うことは出来る。追って、奴等の足を止めなければ。

しかし、五右ェ門はその場から動かなかった。やがて敵の姿は視界から消えてしまう。
一歩も動けぬほど疲弊していたわけではない。ましてや、敵を傷付け捕らえることに躊躇いを覚えたわけでもなかった。
ただ、もう終わりにしたかったのだ。今は自分一人ではなかったから。


「五右ェ門さま……」
背後から掛けられた声に五右ェ門が振り返ると、心配げな紫の顔が目に入った。
「紫殿。ご無事か?」
「はい」
紫がしっかりと頷く。
答えを聞くまでもなく、五右ェ門には彼女が傷一つ負っていないということが分かっていた。敵の目は、全て自分に引き付けた筈だから……。
五右ェ門はようやく体の緊張を解くと、刀身を鞘に収めた。
紫が労わるように五右ェ門の背に手を回す。それに導かれるように、五右ェ門はゆっくりとその場に腰を下ろした。
紫の顔色が悪いのは、恐らく今しがたの死闘を目の当たりにしたからだろう。闘いそのものを厭う気持ちは当然あるが、それ以上に、紫は五右ェ門が傷付くことを恐れていた。五右ェ門が、紫を傷付けまいと闘ったように。

「傷、見せてください」
紫の言葉にやや躊躇ってから、五右衛門は着物の襟に手を掛けた。そのまま上半身をはだける。 それを手伝った後、紫はテキパキと応急処置を進めた。
さほど重傷ではないとはいえ、掠り傷も合わせると相当数に昇る。それを紫はどんな気持ちで見詰めているのだろうか。うつむき加減の彼女の表情は、五右ェ門には分からなかった。
一通りの手当てが終わり、五右ェ門が着物の袖に腕を通していた時、後ろから手を貸していた紫がぽつりと言った。
「ごめんなさい、私のために……」
五右ェ門の動きが止まる。
「私がいたから、五右ェ門さまは思うように闘えなかったのよね」
「紫殿のせいではない」
本心からの言葉だったから、五右ェ門は即座に答えた。

──むしろ、原因は自分にある。

先ほどの敵の狙いは五右ェ門だったのだ。彼の命を奪おうとやって来て、果たせず諦めて去って行った。相手の実力はともかくその人数のことを考えると、五右ェ門が特別深い傷を負わなかったのは幸運だったと言えるかもしれない。
そして、五右ェ門がその殺気にいち早く気付いたことも幸いした。紫を安全な場所に残し、彼女までが標的となってしまうのを防いだ。
闘いの間、紫のことが気になっていたのは確かだが、それは五右ェ門に力を与えこそすれ、決して邪魔にはなり得なかった。守る者がいるからこそ、人は全力で困難に立ち向かうことが出来るのだ。

「拙者が至らぬばかりに、このようなことに巻き込んでしまい申し訳ない」
静かに言った五右ェ門の背にそっと何かが触れた。紫が、額を押し当てている。
「うぅん、私は平気。それより、お願いだからもう無茶しないで……」
ささやきと共に、背に温もりを感じる。
ただそれだけのことで、五右ェ門は、体中の傷が癒されていくような感覚を覚えていた。
そして同時に伝わってくる、痛々しいまでに自分の身を案じてくれる気持ち──

五右ェ門は小さく頷いた。
「あぁ、約束いたす……」


──己の為ではなく、全ては彼女の為に──
END
【ぬくもり】

6000hits記念イラストに関して、当館BBSで、
「あんなに必死になって何を守っているのだろう?」
「守ると言ったら、“あの子”しかいないでしょう♪」
……と言うことになり、風魔ファンの血が騒いでついこんな話を書いてしまいました(笑)

妄想中……あ、いや、構想中の時に(笑)、 月影様から素敵なイラストを頂きました。 また、後日蘭丸様からも挿絵を頂きました。 ありがとうございました〜vv(イラスト部屋にリンクしています)
しかし……自分で読んでもメチャクチャ恥ずかしいんですけど…(爆)

(2002/11/6)

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