思いの丘
星の丘に行こうか―

不意にそう言われて、紫は目をぱちくりと瞬かせた。
その様子に、五右衛門は一瞬後悔した。
言い方を変えればよかったか―
確かに先程の言葉を仲間達が聞いたら、大笑いされていただろう。
しかし、取り立てて名のある場所でもないところのため、つい言いなれている言葉が出てきてしまった。
「あ、いや、嫌ならば別に良い。少し遠いしな・・」
慌てたような様子がおかしかったのか、紫はくすりと笑うと
「連れて行ってください」
元気にそう答えた。


「わぁ・・・・」
人里離れたその場所を目にした紫の第一声はそれだった。
中空に浮かんだ月に照らされて浮かび上がったそれは、この世のものとは思えない光景だった。
木々に囲まれたそこには夜だというにのに、白い小さな花がうっすらと光り輝きながら辺り一面に咲き乱れていた。
ぽつぽつと花から光が生み出されているかのような錯覚さえ覚える。
近くに小川が流れているからだろうか、2・3匹の蛍が周りを飛び交い、その風景をさらに幻想的なものにしていた。
「気に入ったか?」
「はい。本当に星の丘みたいですね。綺麗・・・・・」
「そうか。ここは昔、拙者が母に教えてもらったところだ」
「お母様に?」
「うむ。母は父に連れてきてもらったと言っていた」
「・・・・」
その言葉を聴きながら、紫は黙って周りを見渡した。

蛍がぼんやりと宙を舞い、ふわりと花に消えた。



「すごい・・・!」
目の前に繰り広げられる光景に興奮した少年がその景色に急いで溶け込もうとしたのを彼の母はやんわりと止めた。
「乱暴に扱うと花が死んでしまいますよ」
静かに言われた言葉に少年は「ごめんなさい」と謝ると、今度は静かにその景色へと入って行った。
そんな少年の様子を見ながら母は初めて自分がここに連れてきてもらった時のことを思い出していた。
今目の前にあるのはあの時と何も変わらない光景
たった一つ違うのは、目の前いる人だけ
花々を見遣り、宙を眺め、蛍を見ている少年に母は優しく声をかけた。
「星の丘が気に入りましたか?」
「はい!」
元気に頷く少年を見て母は柔らかく微笑んだ。
そして、そんな母を見て少年もまた笑った。

蛍がぼんやりと宙を舞い、ふわりと花に消えた。



「じゃあ、お父様はお祖母様に、お祖母様はお祖父様に教えてもらったのですね」
「あ、ああ。たぶん」
自分が初めてここに来たときのことを思い出していた五右衛門の思考は、不意にかけられた言葉で途切れた。
紫のほうを見ると、自分を見て笑っていた。
「?」
何事かと訝る五右衛門に、紫はにっこりと笑うと
「じゃあ、今度私は子供と一緒に来るんですね」
そう言った。
「・・?・・・・・・・・!」
一瞬、その意味が分からなかったのだろう五右衛門はきょとんとした顔になり、ついでやや赤くなりながら紫を見た。
彼女はにっこりと笑っていた。
「・・・・そうだな」
そう言った後に視線を逸らしてしまった五右衛門の様子に紫はクスクスと笑うと、黙って自分の腕を五右衛門の腕に絡ませた。
驚いたように、逸らしていた視線を戻した五右衛門の目と紫の目が逢った。
なんだか急に嬉しくなって、2人は声を出さず静かに笑った。

蛍がぼんやりと宙を舞い、ふわりと花に消えた。






大切な人から大切な人へ

             思いを込めた光が集う

愛しい人から愛しい人へ

             思いの欠片が解き放たれる



   訪れた幾多もの先達たちと同じ思いを胸に2人はただ立ち尽くしていた



               思いの丘で――
【思いの丘】

慧篠 様のコメント>>
なんとなく浮かんできた情景を元に書きました。作品に出てくる花は日 本にはありませんが、一夜の夢物語として楽しんでいただけたら幸いです。
とても幻想的で素敵な物語ですねvv
母から子へ、人から人へ。 大切なもの、失ってはいけないものは、 こうやって静かに、しかし確実に受け継がれていくのだと…… そんなことを再確認させられた気分です(^^ゞ

風魔15周年企画へのご応募、どうもありがとうございました!!

(2002/12/26)

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