空のような、ひと。
心の中で呟き、紫は隣を歩く男
(ひと)の顔を見上げた。
ぬるみを帯びた冬の風に、さらさらとなびく黒髪。
すっと鼻筋の通った、横顔。
迷いなどないと思わせる、前を見据える視線。
少し寡黙なところがあるけれど、話しかけると丁寧に答えてくれる。
時折見せる微笑みが、すごく綺麗だと思う。優しくて、少し哀しげで。澄み切った、
漆黒の色の瞳に見つめられて、何も言えなくなったことがあった。
そんな時、紫は学校の同級生とは違うのだな、と感じた。
ずっと、旅をしてきたのだそうだ。
幾年修行をして、自分の剣の腕を極めても、肝心なことは未だに解っていない、
といつか話してくれたことがあったのだけれど、少なくとも紫は、そうではないと思っていた。
多分、ずっと昔に理解っているのだと。彼自身が、気付いていないだけで。
そうでなければ、あんなに綺麗には、微笑えないはずだから。
…五右衛門様。
声にならない声で、呼びかける。
高く澄んだ、冷たく曇りひとつない。
冬の空のような、ひと。
見上げて、憧れて、届かないことを予感する。
「…紫殿?」
ふと、五右衛門が訝しげに振り返る。そこで、いつの間にか立ち止まっていた自分に気付いた。
「どこか、具合でも?」
「あ…違うの、ちょっと考えごとをしていて」
歩み寄ってきて、少し気遣わしげな表情になる。紫は恥ずかしさに頬が高潮するのを感じながら、
慌てて両手を軽く振った。
「考えごと、ですか」
あなたのことを、と言ったら。
どんな顔をするだろう。
きっと、困ってしまうかもしれないな。
もちろんそんな勇気はないので、思わず笑顔で繕ってしまったのだけれど、
しかし彼は、なおも眉をしかめたまま。
今度は、紫がおそるおそる聞き返す。
「五右衛門、様?」
「…とても暗い顔をしていたから、どうしたのかと」
「え…」
思いもよらない言葉に、応える言葉を探そうとする前に、五右衛門はふ、と息をひとつ吐くと、
目を細めて口元をほころばせた。
…一瞬、紫はその笑みに見惚れる。
「安心いたした」
そしていやおうにも、自覚をしてしまった。
想いを悟られないよう、紫はごまかすように軽い足取りで、前を歩いた。
頭上を仰ぐと、枯れた木々の枝の向こう、澄んだ青空の色がこぼれる。
「五右衛門様、冬の空はとても綺麗ですね」
「…ええ」
「私、この季節の空が好きなんです」
「拙者も、冬が一番……あ」
「あら」
天から舞う、ひとひらの白い花。
手のひらに受けた雪に、彼がどうりで、と苦い笑みを浮かべる。
「寒いと思ったら…じきに、積もるほど降るかもしれぬな。戻りましょうか」
優しい微笑みに、紫も笑顔で応えた。
高く澄んだ、冷たく曇りひとつない。
冬の空のような、ひと。
見上げても、憧れても、届かないかもしれないけれど。
…それでも私は、あなたが好きです。
終わっちゃえ(命令)!
柊けいこ 様のコメント>>
紫ちゃんの目から、五右衛門賛美で(おい)。実はわたくし、こういったポエムな文 章を書くのが好きなのです、が・・紫ちゃんは難しかったです。我ながら、かなり無 謀でした。
でも、五右衛門を賛美するのは楽しかった(笑)。
思いっきり紫ちゃんに感情移入して読ませて頂いたので、 読み終わった今でも、ホラ、胸の高鳴りが…v(笑)
雪と言えば、回想シーンでの例のラブマフラー(!)が思い浮かびます。 あれが婚約への決定打となったんじゃないかと(勝手に)思うと、 やはり冬は二人にとって特別な季節なのかもしれません(笑)
風魔15周年企画へのご応募、どうもありがとうございました!!
(2002/12/26)