縁 〜ゆかり〜
「ゆか!」
 聞き慣れた呼び声を耳にし、紫は足を止めて振り返った。
「美咲ちゃん。今日も残ってたんだ」
「しょうがないわ。卒業式までもう間がないし」
 セーラー服を翻(ひるがえ)しながら駆けて来た少女は、紫の横に立つと大きく息を吐いた。
「ほんっと、やることが多くて大変」
「真面目だもんねぇ、美咲ちゃんは。仕事引き受け過ぎなんじゃないの?」
「真面目なのはアナタの方よ。何もこんな時期まで、後輩たちの相手しなくていいのに」
 肩をすくめる幼馴染みの少女に、紫は明るく笑みを返した。
「いいの。私が好きでやってることだから」
「ま、ゆからしいけどね」


 美咲は小学校入学時からの紫の親友である。その後同じ中学、高校に進み、クラスメイトになること自体は稀であったものの、一緒に入った弓道部の部活動を通じて今も付き合いは続いている。
 三学期を迎えて浮き足立つこの季節、学級委員長である美咲は卒業式関連の集まりで連日忙しく、頻繁に弓道場に顔を出している紫と帰宅時間が重なることが多かった。
 ちなみに「ゆか」とは、紫のあだ名である。
 小学一年の時の担任教師が最初に「ゆかり」と読み間違えたこと、更には「みさき」と名前が似ていてややこしいことから、いつの間にか「ゆかり」や「ゆか」と呼ばれるようになった。
 今ではさすがに本名で呼ばれることの方が多いが、美咲は「親友の特権!」と言って、未だに当時の愛称を口にする。事情を知らない同級生たちが不思議そうな顔をするのが、なんだかおかしかった。


「と・こ・ろ・で」
 並んで歩き出した直後、美咲がいたずらっぽい表情で紫の顔を覗き込んだ。
「例のカレシとは、その後どう? 上手くいってる? いってないわけないか、なんせ、もうすぐ結婚するんだもんね」
 紫は慌てて周囲を見回し、近くに誰も居ないことを確認してから美咲の方を向いた。
「ダメよ、言ったでしょ。それはまだ内緒なんだから」
 挙式は卒業後のことだとは言っても、在学中から結婚の噂が流れるのは不味い。先生方も眉をひそめることだろう。
 現在それを知るのは校内では美咲のみ、後は他校にかよう元仲良しグループの女の子たちだけである。
「分かってるわよ。あ〜ら、赤くなっちゃって。ゆかちゃんってば、カワイイ♪」
 誰にも聞かれていないからこそ言ったのだろう。からかわれたのだと知り、紫はがくっと肩を落とした。
「美咲ィ……」
「いじけない、いじけない。こ〜んな若い身空で親友がオトコに奪われちゃうんだもの、カレシ居ない歴18年の美咲ちゃんとしては、とっても寂しいのよ〜」
「……またまたぁ」
 冗談めかした口調であっても、美咲が自分を心配してくれているのはよく分かる。それでも紫としては、一言付け加えずにはいられなかった。
「先月野球部のエースに告白されてたのは、どこのどなたでしたっけ?」
「だってあの人、すっごい人気者じゃないの。カッコイイし、爽やか系スポーツマンだし、頭も良いらしいし、あたしなんか気後れしちゃって全然ダメだわ」
 あっさり返されて、紫は思わず苦笑した。美人なのにそれを全く鼻に掛けない──自覚がないようにさえ思える──この親友は、いずれきっと、素敵な男性と巡り逢えることだろう。
「で? どうなのよ」
 しつこく訊いてくる美咲に、紫はVサインを突き出した。
「大丈夫。準備も順調よ」
 実のところ、実家が江戸時代から続く由緒ある家柄であることもあって、跡取り娘である紫の結婚には何かと問題が多かった。
 既に引退しているにも関わらず部活動に参加しているのは、一つには弓道そのものが好きだからということもあるが、後輩の指導をしたり的に向かって精神集中することによって、例え短時間であっても俗世のしがらみから開放されたいから、という理由もあった。
 しかし、それを美咲に言うつもりはなかった。親友だからこそ、見せたくない弱みもあるのだ。
「そっ、良かった。披露宴は式の翌月だっけ? あたしもナッチもチカコもマジで楽しみにしてんだから、ちゃんと呼んでよ?」
「分かってるって。美咲ちゃんたちこそ、コーラスで盛り上げるって約束、忘れないでよね」
「任せときなさい。ふふっ、目一杯オシャレして、旦那さんユーワクしちゃおっかしら♪」
「も〜ぅ! イジワルなんだから」
「やぁねぇ、冗談よぉ」
 じゃれるように笑い合っている内に、紫は今更ながらふと一抹の寂しさを心に覚えた。
 結婚してしまえば、こうやって友人とふざける機会は随分と減ることだろう。早々に家庭に入る自分と違って、彼女たちには大学進学や就職という大きな「仕事」が残っているのだから。
 ──齢18での結婚を望んだのは自分。その判断を悔やんだことはないし、彼となら幸せになれると信じている。
 それでも、長年同じ時を過ごしてきた友人たちから、置いてけぼりを食らったような感じがしてしまう。

「紫」

 珍しく本名で呼ばれて、紫ははっと相手の顔を見た。美咲が穏やかに微笑んでいる。
「大丈夫。結婚したって紫は紫よ。まっすぐ前向きなところがアナタの良いところなんだから、立ち止まってちゃ、ダメ」
 脳裏に浮かんだ気持ちは筒抜けだったらしい。或いはもしかすると、家の問題のことも美咲はとうに勘付いていたのかもしれない。
「ねぇ、知ってる? 紫のことを何故『ゆかり』と言うのか」
 紫は頷いた。以前に祖父から聞いたことがある。紫草のことを縁あるものとして詠んだ昔の和歌があることから、『紫』という字を『ゆかり』とも読むようになったのだと言う。
「人と人との繋がり──絆を意味する、とっても大切な言葉。それに、紫色って高貴な色でもあるのよね。……素敵じゃない。アナタだけの、特別な色よ」
「美咲ちゃん……」
「旦那さん、物静かだけど優しくて良い人じゃないの。幸せモノねぇ。『紫』なんだから、マリッジ『ブルー』なんかになってる暇ないわよ。隙見せてたら、ほんとにあたしが奪ってやるんだから」
 美咲は宣言するかのように、わざとらしく胸を張る。紫は思わず噴き出した。
「おあいにくさまっ。隙なんて全然ないわよ〜だ」
「あ〜ら、それは残念。……じゃあ、また明日ね」
 明るく手を振って自宅に向かう美咲の背に、紫は大きく叫んだ。
「ありがとう! 私、絶対幸せになるからね!」
 家族との縁、友人との縁、そして、今後共に歩んでいくことになる想い人との縁──。自分はなんと多くの『ゆかり』に恵まれて生きているのだろう。
 その幸運に心から感謝しつつ、紫もまた、軽やかな足取りで家路につくのだった。
END
【縁 〜ゆかり〜】

長らく放置してた(!)「風魔好きに5つの主題」をそろそろ何とかしようと思って作った、 学生時代の紫ちゃんの話です。
なにしろまだ若い時期での結婚だから、友人たちにとっては一大事と言うか、一大イベントだと思うんですよね。 そんな周り(一人だけだけど)の反応を書いてみました。
「婚礼」(結婚式)というテーマとは、微妙にズレてる気はするけど…(^▽^;)

(2011/2/6)


主題: 「婚礼」
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