招 待
 次元が目を覚ますと既に陽は高く昇っていた。
 大あくびをし、気怠さを押し殺して寝床から起き上がる。巨大シンジケートの追跡を振り切るのに明け方まで掛かってしまったせいで、正直に言うとまだ眠い。しかし腹は減っている。
 着替えを終えて寝室から出ると、ルパンがケタケタと笑いながら誰かとの通話を終えたところだった。どうやらとっくに起床していたらしい。寝たのは同じ時刻のはずなのに、元気なことだ。
「よぉ、次元。おっはよ〜さん」
「珍しいな。いつもは頑として起きやがらねぇくせによ」
「仕方ねぇだろ。強制的に起こされちまったんだから」
 ルパンは己のスマホを軽く指で弾いた。よく見ると着衣がよれよれになっている。おおかた、着替えもせずベッドに倒れ込んでそのまま寝入ってしまったのだろう。そして、内ポケットに入れていたスマホの振動で目を覚ましたというわけだ。
 今後大事な局面で寝坊しやがったら、いっそアジトを重機で揺らしてみるか──。次元は益体もなくそんなことを考えてしまう。暇だからだ。一仕事終えたばかりなので、しばらく動く予定はない。
「メシは?」
「まだ。何かあったっけ」
「ねぇな。面倒クセェからカップ麺で済ますか」
 返事を待たずに次元はさっさと湯を沸かしにかかる。とりあえず腹が膨れるのなら何でもいい。
「あのさ、次元。ニュース、ニュース、大ニュース」
 戸棚からカップラーメンをいくつか取り出しながら、浮かれたような口調でルパンが言った。先ほどの電話の件だろうか。まさかまた、不二子に上手く乗せられて厄介事をホイホイ引き受けたんじゃねぇだろうな……と、次元はやや身構えて応じる。
「……何かあったか?」
「五右ェ門の件だけっども。日取り、決まったってよ」
 一瞬、何のことだと訊こうとして、はたと思い当たる。五右ェ門の件で、日取りが決定する。──結婚式のことに違いない。
「そうか。ようやく決まったか」
 前々から五右ェ門に意中の女性がいることは知っていた。婚約後に紹介もされた。先方に大層気に入られているとのことだから、自然な流れでいずれ入籍するだろうことも分かっていた。
 問題は、五右ェ門が婿入りの形になることだろうか。十三代続いた石川の名をどうするつもりなのか改めて聞いたことはないが……まぁ、それは当人同士で決めることだ。五右ェ門が納得して受け入れているのなら、外野がとやかく言う問題ではない。
「何にしても、めでてぇな。式はいつだって?」
「え〜っと、確か秋だったな」
「今聞いたばかりだろ。もうボケが始まったのか?」
「まぁまぁ。そのうち披露宴の招待状を届けに来るってよ」
「ハァ?」
 カップに湯を注いでいた次元は、思わず手元を狂わせてしまった。テーブルに少々こぼれたが、無視して入れ終えフタを閉める。
 無言でヤカンをコンロに戻し、どっかりとソファに腰を下ろすと、次元は改めて正面に座るルパンの顔をまじまじと見詰めた。
「……何だって? 招待状? オレらを一般の結婚式に招待するってか?」
「おぅ。なんかさ、紫ちゃんと相談して決めたって言ってたぜ。不二子にも出て欲しいからオレから招待状渡しといてくれって」
 紫とは五右ェ門の婚約者の名前だ。まだ歳若いがとてもしっかりしている。少なくとも、不本意なことを流されるがままに受け入れるような女性ではない。相談の上で決めたと言うのは事実なのだろう。しかし──
「不二子もかよ……。あれだ、どうせ礼儀としての声掛けなんだろ?」
「オレもそう思ったんだけどよ、マジでどうしても出て欲しいってさ。アイツも頑固だからなぁ。一度言い出したら聞きやしねぇ」
「そうは言ってもな……」
 次元は眉をひそめた。
 話を聞く限りでは、先方は五右ェ門の正体についてはある程度承知している。しかし諸手を挙げて歓迎されているのは「剣士」としての彼であって、当然のことながら、裏稼業については今後関わるなと釘を刺されているようだ。
 五右ェ門とて、結婚後にまで泥棒行為に加担する気はないだろう。ならば、裏社会の住人である自分たちは参加すべきではない。遠く離れていても祝うことはできるのだから。
 あるいは招待は一つのケジメであって、その後の付き合いは一切断つという意思表示なのだろうか。
 ……と考えたところで、次元はその考えを打ち消した。
 五右ェ門はそんな回りくどいことをする男ではない。縁を切りたいのなら、直接そう言ってくるはずだ。
 ならば、理由は一つしかない。
 親しいから、仲間だから、呼ぶ。幸せな気持ちを分かち合うために。
 ──それは婚姻に臨む一人の人間としての、ごく当たり前の行為。
 次元はふっと笑みを浮かべると、誰にともなく言った。
「クソ真面目にも程があるぜ」
 だが、それもまた五右ェ門らしい。──そう思った。



 次元の視界の端に、ルパンがブツブツつぶやいている姿が見える。
「五右ェ門のこったから神前結婚なのは間違いねぇ。するってぇと……不二子ちゃんは和装か! うん、きっとそうだ。セクシーなドレスもいいけど、着物も似合んだよなぁ。こう、髪を結い上げて、白いうなじが……くぅーっ♪」
 ニンマリ笑みを浮かべて完全に妄想の世界に入っている。次元が投じる冷ややかな視線にも気付いていないようだ。
「その横に立つオレは紋付……はメンドクセェから、やっぱモーニングかな。オーダーしねぇと」
「アホか。お前はいつから花嫁の父親になったんだ」
「あーそれより、スピーチ頼まれたらどうしよっかね。褒めつつ笑いも取んなきゃなんねぇし」
「頼まれるわけねぇだろ。だいたい、勝手に──」
 行くことにするな、と言おうした次元の言葉を遮ってルパンが続ける。
「くそぅ、五右ェ門のヤロー、上手いことやりやがって。いいなぁ、コンチクショー。当日は全力でからかってやるぜ!」
「おい」
 全然聞いていなかった。
 ルパンの中では、どうやら既に披露宴への参加は決定事項らしい。
「……まぁ、いいか」
 次元はふっと一息吐くとソファにもたれ掛った。
 当の五右ェ門が望んでいると言うのならば、出席すること自体はやぶさかではない。他の招待客の中に紛れ込めば、そうそう怪しまれることはないだろう。
 何か起こったとしても、その時はその時だ。今はただ仲間の幸せを祈るだけで良い。


(それにしても、アイツが結婚ねぇ……)
 婚約報告に来た際の、照れが高じて挙動不審だった五右ェ門と、それを一生懸命フォローする紫の様子を思い出し、次元は何やら微笑ましい気分になった。
 あの二人ならきっと上手くやっていけることだろう。
「あぁぁっ!」
 不意にルパンが奇声を上げた。
 感慨にふけっていた次元は現実に引き戻される。
「なんだよいきなり」
「もう3分以上経ってんじゃねぇか?」
「……あ」

 カップラーメンは伸びきっていた。
END
【招待】

果たして、目の前に置いてるのに「麺が伸びきる」まで放置するものだろうか…?(しかも空腹なのに!/苦笑)
風魔の時代にスマホは無かったはず、というツッコミも受け付けませんのであしからず( ̄∇ ̄ゞ

それはさておき。
風魔では、墨縄家に婿入りして「石川家の五右ェ門」は消滅する(つまり石川五右ェ門は本名)設定らしいので、この話もそれを前提に書いています。
……でも個人的には、「石川五右ェ門」は直系の跡取りに代々受け継がれている名前であり、戸籍上は違う名前なんじゃないかな〜と勝手に思ってます。
あるいは、一族の同世代の中で最も優れた者が継ぐ、とか…? 先代に認められた証し、ってのもカッコイイですよね♪

(2015/7/11)

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