月が綺麗ですね
『そんで、コイツを使ってだな、俺様が壺をひょいっと盗……いや、お借りしたって訳だ。そこからが大冒険の始まり始まり、ってな』
 ルパンおじちゃんが身振り手振りで語る思い出話。それが私には、とてもきらきらと輝いたものに聞こえた。
『それでそれで?それからおじちゃんたちはどうしたの?』
 そこから先を知りたくて、私は話の続きを急かす。すると、ルパンおじちゃんは話を中断して、少し困ったように指先で頬をかいた。
『なあ、しおりちゃん』
『なあに、おじちゃん?』
『出来れば、その“おじちゃん”ってのは止めて“お兄ちゃん”って言ってほしいなあ、なんて思ったりして』
 その時、横から低い声がかかった。
『実際におじちゃんなんだから仕方ないだろ』
 居間から続く縁側に腰掛け、煙草を吸っていた次元おじちゃんの声だった。彼はにんまりと笑って私達の方を見た。
『なんでい。次元おじちゃんには言われたくねえわ』
 ルパンおじちゃんは口をへの字に曲げる。すると今度は、隣から。
『あら、ルパンお兄ちゃんよりもルパンおじちゃんの方が、その顔には似合ってると思うけれど』
『そりゃないぜ不二子まで〜』
 不二子お姉ちゃんからの言葉に、ルパンおじちゃんはがくりとうなだれて、次元おじちゃんは声を出して笑う。そんな大人達のやり取りを眺めていた私は尋ねた。
『おじちゃんじゃダメなの?』
『そんなことないわよ。そのままで大丈夫。勿論、私のことは不二子お姉ちゃんのままでね』
 と言いながら、不二子お姉ちゃんは可愛らしくウインクしてみせた。



 それは、幼い日の私、墨縄紫織の記憶だ。



 私の勉強机にはクワガタの形をしたおもちゃ―――いや、おもちゃと呼ぶには精巧すぎる機械が置いてある。大人の男の人の手にも余ってしまうくらいの大きさのそれは、年頃の女の子の部屋に置くには、少し不釣り合いなものなのかもしれない。
 でも、このクワガタには、秘められた壮大な物語がある。あの日、あの人はこのクワガタを片手に、冒険の物語を語ってくれた。
 以来、私にとって、このクワガタと彼らルパン一味の皆は、ヒーローになった。
「紫織、居るの?」
 ノックの音で我に返る。扉越しのお母さんの声。そうだ、今は学校の宿題をやっていたんだっけ。思い出に浸っていたせいで、途中から完全に放置してたけれど。
 頬杖を解いて、返事をする。
「なあに、お母さん」
「お父さんが呼んでるわよ。もう稽古の時間でしょ」
 しまった忘れてた!机の上の時計を見る。慌てて椅子から立ち上がった。
「今行く!」
 空手用の道着を片手に、部屋から飛び出した。勢いよく扉を開けたせいで、お母さんとぶつかりそうになってしまった。
「急ぐと危ないわよ」
 後ろからかけられた声に、私は振り向かずに「はあい!」と答えた。


 我が家の離れには道場がある。お父さんは居合や空手といった武芸の達人で、今は地元の人向けに武芸の指南をしている。それが結構評判が良くて、「五右エ門先生に教わるためなら」と遠路遥々通ってくる人もいるほどだ。
 勿論、私も幼い頃からそれらを教わってきた。おかげで腕っぷしだけなら、そこらへんの男の子にも負けない自信がある。
「よいか紫織。時間の緩みは気の緩みと言ってだな」
 道場にて。私はお父さんと正座で向かい合っていた。稽古……ではなく、ただのお説教タイムだ。
「聞いておるのか、紫織」
「はい」
「なら、何をそんなにソワソワしておるのだ」
 うっ、バレたか。
「そろそろ始めないと、夕ご飯の時間に遅れてお母さんを待たせちゃうと思って」
「お主、稽古が始まらぬうちから、もう夕飯のことなど」
 呆れたようなお父さんの声に、被せるように私は言った。
「だって、今日はお父さんとお母さんの結婚記念日でしょ?」
 すると、お父さんの切れ長の目がパッと開かれた。
 このリアクション。まさか…。
「さてはお父さん、今思い出したでしょ」
「そ、そのようなことなど…」
「本当に?」
 疑いの目を向ければ、お父さんは視線を逸らしてしまった。でも、すぐに降参したようで。
「すまないが、母さんにはこのことは…」
「大丈夫。黙っててあげるから」
「そうしてくれると有り難い」
 咳払いを一つすると、お父さんの表情はまたいつものものに戻った。
「では、稽古を始めるぞ、紫織」
「はい!」
 やっぱりお父さんは武芸をしている時が一番格好良い。


 その日の夕ご飯はすき焼きだった。すき焼きはお父さんの好物でもある。だから、お父さんに遠慮して自分が食べる分のお肉を控えめにした。そうしたら、「紫織、お主もしやダイエットでもしておるのか?」なんて聞かれてしまった。
 もう、お父さんってば娘の気持ちを全然分かってないんだから。
 夕ご飯が終われば、邪魔者は居間からとっとと退散。勿論、夫婦水入らずの時間を過ごしてもらうためだ。

 お父さんとお母さんは、私のいないところでは互いを名前で呼んでいる。「五右エ門さま」「紫どの」と。ちょっと聞いただけでは何だか堅苦しい呼び方だけど、古風な二人には合っていると、私は思う。
 どう言えばいいんだろう。お母さんを「紫どの」と呼ぶ時のお父さんの声はいつも以上に優しい。そして、お父さんを「五右エ門さま」と呼ぶ時のお母さんの声は、いつも以上に柔らかい……何となくだけど、そんな感じがする。

 居間で両親がいちゃいちゃしているであろう頃、私は明るいうちに中断してしまった宿題を終わらせた。そろそろ歯を磨いて寝よう。そう思い、部屋を出た時だった。
 廊下から居間の様子が見えた。そこで、思わず立ち止まってしまった。
 縁側に腰掛ける二人。お母さんはお父さんに寄り添って、その肩に頭を預けていた。傍らには徳利が置かれていた。お酒を飲んでいたのだろう。
 二人はこちらに背を向ける格好だったから、私からは二人の表情は見えなかった。けれど分かってしまった。きっとお父さんもお母さんも、幸せそうな表情をしているんだろうなって。
 私は、足音を立てないようにその場を後にした。あーあ、なんだか当てられちゃったな。そんなことを考えながら、ふと窓から見えた夜空を見上げた。

 その日の月は、綺麗な満月だった。


【end】
【月が綺麗ですね】  ※ 『風魔一族の陰謀30周年記念祭』投稿作品

雪乃 様のコメント>>
30周年おめでとうございます!という訳で、未来の話を書かせて頂きました。
「月が綺麗ですね」というタイトルは、かの夏目漱石が「I love you」を日本語訳した言葉らしいのですが、 最後のシーンで月見酒をしながら五右エ門が紫ちゃんにそんなトリビアを教えていたら……という妄想からきています。
子供の前ではしっかりと親の顔をした二人だけど、子供がいないときには昔のままの呼び名で呼び合う── 五右ェ門と紫ちゃんらしくてほっこりしました(〃∇〃)
紫織ちゃんにバレてるあたりもこの二人らしい(笑)
五右ェ門だったら直接的な愛の言葉よりも「月が綺麗ですね」の方が似合いますね。
クワガタも大切にされているようで何よりです。

『風魔一族の陰謀30周年記念祭』へのご応募、どうもありがとうございました!!

(2017/12/26)

風魔30周年記念祭
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