「──で、何なんだコリャ?」
 長い文書ファイルをようやく読み終え、次元は開口一番そう言った。 何とも形容し難い複雑な心持ちがし、自然と呆れたような口調になってしまう。
「何って、小説だよ小説」
 ルパンはニヤニヤと笑い、ノートパソコンを自分の方へ引き寄せた。
「攫われた麗しの姫君を救出するために、国一番の騎士であるこのオレが悪のドラゴンと闘う、 愛と勇気と冒険の物語だってさ。ど〜せならお姫サマ役は不二子ちゃんが良かったんだけどなァ」
「アホか」
 次元は思わず脱力しそうになった。寝言は寝てから言って貰いたいものだ。
「あの女が姫君ってタマかよ。 ……これってアレか、前にトーマスの野郎のバーで偶然知り合ったって言う若ぇ女が書いたヤツか?」
「そ。その女のコだよ。作家志望のカワイコちゃんでさ、ぜひオレの話書かせてくれって頼み込まれちまって。 モテる男はツライぜ♪ ……てか、プリンセス・フジコのどこが悪ィってんだよ」
「オメェの話? 世紀の大泥棒・ルパン三世の伝記でも書くつもりだったってぇのか?」
 末尾の文句はあからさまに無視し、次元は皮肉交じりに訊き返した。
 ルパンも次元も殊更自分から名前を触れ回っているわけではないが、知り合いの店に出入りしていれば、 おのずと正体を知る一般客も出て来る。大抵の人間は当然距離を置こうとするが、 中には(何を勘違いしたのか)目を輝かせて接近してくる人間が居ることも確かだ。 ライターなどの職に就く者であれば、尚のことだった。
 ルパンはポリポリと鼻の頭を掻く。
「いや〜、違うんでねぇの。どうも、最初っからファンタジー書きたかったみてぇだし」
「どうせ鼻の下の延ばしてて、ロクに相手の言うこと聞かずに承知したんだろ。 ……それより、これのどこがオメェの話だって言うんだよ」
 それが一番の疑問だった。
 内容は王道の冒険物かつ悲恋物という感じで、主人公の名前が『ルパン』である必要は全くない。 逆に言うと、この物語を読んで『ルパン三世』を思い浮かべる人間はほとんど居ないと思われる。 なぜわざわざルパンの名を使いたがったのだろうか。
 ルパンは苦笑した。
「彼女によると、この『ドラマチックな物語』を世に広めて、ルパン三世のイメージを良くするんだとさ」
「はぁ?」
「正確に言うと、『ルパン』と言う名前のイメージを、かな。 世間を味方に付けた方が仕事し易くなるだろう、って。──どうやらオレのこと、義賊だと思ってるらしいぜ」
「あぁ、なるほどな」
 次元はようやく合点した。
 作家志望の彼女のことは、ルパンからそこそこ良い家柄の出だと聞いている。 世間知らずだからこそ、有名な大泥棒と偶然知り合ったことに感激して、思い込みで突っ走ってしまったのだろう。 この壮大な作品をたった一週間で仕上げ、 件(くだん)のバーに通い詰めてルパンとの再会を実現させた上に、 原稿データを押し付けることに成功したことからも、並々ならぬ情熱が感じられる。
 願わくば、その情熱を他の題材に向けて貰いたいものだが。
「──で、どうするんだソレ」
 ルパンがノートパソコンを小脇に挟んで立ち上がるのを見て、次元は眉を顰(ひそ)めた。
「まさか本気で、『ルパン三世のイメージ向上』に協力して貰う気じゃねぇだろな」
「ま〜さか。主人公の名前を他のヤツに変えて貰うだけだってば。 だいたい、別に生活のためにドロボーやってるワケじゃねぇんだし、カノジョにゃ悪いが今更イメージ操作なんて必要ねぇよ」
 そしてニッと笑い、ルパンが得意気に続ける。
「物語としちゃ充分面白ぇんだから、多分売れると思うぜ。 勿論、オレの名前使った方が何倍も売れるだろうけどよ。勿体ねぇよなぁ、ホントに」
「馬鹿言ってねぇで、さっさと対処して来い」
「んじゃ、次元。あとはヨロシクー」
 いそいそと出て行く背に向け溜め息を一つ吐いてから、 次元はソファにもたれかかって何の気なしにTVのリモコンを操作した。 適当に点けたチャンネルでは、科学者らしき人物がインタビューに答える姿が映っている。
『──確かに、実験が期待通りの結果にならないことは多々あります。 それでも、その過程を端折って答えだけを知ろうとは思いませんね。 困難な研究テーマこそ、解明出来た時の喜びがより一層大きくなりますし、 それが自分自身を高めることにも繋がって来ますから』
 次元の脳裏に、ふとかつてのルパンの言葉が浮かんだ。

 ──難しいミッションに挑むのが醍醐味なんだ。盗みやすいモン盗んだって、面白くねぇだろ?

 それが本心だと言うことはよく分かっている。他人に御膳立てされたルートを大人しく歩いて満足するような男ではない。
 分かってはいたが、つい胸中で一言付け足したくなってしまう。
(……どうせデータ返却を口実に、その女と逢いたかっただけだろ)
 美女に気に入られようと四苦八苦するルパンの姿が目に浮かび、 次元は肩を竦(すく)めて窓の外を見やった。 山道の中ほどに、街に向け猛スピードで下ってゆく車の影が見え隠れしている。
「困った野郎だ」
 口を突いて出た台詞には、なぜだか愉しげな響きが混じっていた。
END
【闇の竜王】

前半は趣向を変えて遊んでみましたvv  タイトルは、ファンタジーっぽければ何でも良かったのでテキトーに(爆)
まさに「ルパンの名前だけを拝借した物語」、コスプレ作品です(!?)。 いかに全く違う作品に仕上げるか、というのを念頭に描いてみたので、 「こんなのルパンじゃない!」と思って頂けると逆に幸いです(笑)
さぁ、皆さんも想像してみてください。
鎧とマントを身に纏い、白馬に跨って西洋刀を掲げる騎士・ルパンの雄姿を!!

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次元「……に、似合わねぇ……」

(2012/10/8)

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