「カウントダウン」 第一章 予兆編
(一)ブランク・タイム
 闇に紛れて走る影が二つ──。
「どの角だ?」
「もひとつ先。……あ」
 先行していた男──ルパン三世が、突然後ろに身を引いた。
「どわっ」
 危うくその背に衝突しかけたのは、相棒の次元大介である。
「おい、気を付けろ!」
「わりぃわりぃ。とっつぁんがチラッと見えたもんで」
 とても反省してそうもない軽い調子で答えつつ、ルパンは植木の陰から先方の様子を窺った。幸い、宿敵の警部殿はまだこちらに気付いていない。
「オッケー。次のライトが通り過ぎたら行くぞ。……それ〜ぃ!」
 ダッシュで飛び出し、警邏中の警官の姿が見える度に木や石に貼り付くこと数回。ようやく最初の目的地付近に辿り着いた。
「ルパン、本当にここから入れるんだろうな?」
 不審げに次元が言ったが、それも無理はない。眼前にひときわ高い塀がそびえ立っているのだ。利点は監視カメラが近くにないことだけだろうか。探せば他にもっと良い侵入ポイントが見つかりそうなものである。
 ルパンは胸を張った。
「ったりめぇよォ。このオレが、153パターンものシミュレーションを繰り返して特定したルートだぜ。タイミングさえ合えば、チョチョイのチョイ〜っと侵入できること間違いなし! とっつぁんに見付かりさえしなきゃな」
「縁起でもねぇこと付け加えるなよ」
「まぁまぁ。あと8分だ。急ぐぞ」
 二人は背にしていた街路樹に登り始めた。さほど樹高が高くない上に塀からも離れているので、時折巡回の者が眼下を通り過ぎる以外には特に警戒されていない。
 次元は中ほどにまで登って足場を確かめると、背負っていたケースからライフルを取り出した。
 生い茂る葉の隙間からスコープ越しに標的を見据える。狙うは塀の内側に建つ屋敷の壁。敷地が丘になっている上に常夜灯があるので、高い塀越しにもはっきり視認できる。
 距離はあるが問題ない。風向きも良好。残るはタイミングだけだ。
「それにしても悪趣味な館だ」
 次元が呟いたのを聞き、リュックの中身を漁っていたルパンが笑う。
「景観を損ねるとかナンとかで、周辺住民とよく揉めてるらしいぜ。センスがねぇヤローが金と権力を持つと悲惨だねェ」
「センスはどうでもいいが、厄介なのは確かだな」
 次元は嘆息した。
 これから侵入する建物は、施主の趣味とやらで奇抜な外観をしており、それは広い敷地を取り囲むように建つ塀も例外ではない。場所によって色彩はおろか、高さがまちまちなのだ。
 人が容易に乗り越えられるほど低い箇所はないものの、警備する者にとっては頭の痛い物件と言って良いだろう。
 それを補っているのが、最新鋭のセキュリティーシステムである。
 塀の上部には高感度センサーが取り付けられており、虫一匹でも通過しようものなら、即座に警報が鳴り高圧電流が流れる仕組みとなっている。虫よけ鳥よけの対策は一応施されているが、それでも年に何度かは不運な生き物が巻き込まれ、昇天しているのだとか。
 そんな危険な場所をこれから突破しようと言うのだ。
 高圧電流だけなら電線に触れなければ良い話なのだが、警報の方はそうもいくまい。事実、警報に焦った侵入者が電線に触れてしまい、瀕死の重傷を負ったという例もあるそうだ。
「ダイジョーブだって! このオレが、153パターンもの──」
「耳タコだぞ」
「あ、そ」
 ルパンはわざとらしくブツブツつぶやいている。
「ちぇー。苦労を分かち合うのが相棒ってモンじゃね〜の?」

 この屋敷の警備で使われているのは、『一般家庭から宮廷まで。どんな場所でもお任せを!』がモットーのセキュリティー会社が構築したシステムに、色々と後付けした物である。
 大元がいくら難攻不落の素晴らしいシステムであっても、対象が警備上の欠陥が多い建物であれば、それを補填するための更なる設定が必要となる。
 つまり、複雑に絡み合ったオリジナル設定が多過ぎて、ハードにかなり負荷が掛かっているのだ。この屋敷専用に組まれたシステムではないことが災いした結果と言えようか。
 ルパンは変装術を駆使してセキュリティー会社から拝借したデータを三日三晩かけて解析し、およそ36時間に一度、監視データのやり取りで混線が生じてセンサーが無反応になる時間帯があることを発見した。
 この場所限定で、それが今から起こるのだ。

「さて、と……」
 暢気にしゃべりつつもルパンは準備を終えていた。デジタル腕時計を確認し、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「そろそろだな」
 次元はライフルを構え直した。
「ルパン、頼む」
「了解。10秒前から始めるぜ。……ほい来た!」

 ──0時23分18秒。陽動により、近くに警官の姿はない。

「10、9、8……」

 ──0時23分28秒。タイミングを合わせてルパンが声を上げる。

「ゼロ!」
 合図と同時にトリガーが引かれ、ワイヤー付きの弾丸が発射された。
 それと重なるように遠方から爆発音が響き渡り、銃声が喧騒に紛れる。これも計画通りである。
 強力接着剤で無事に壁に貼り付いたらしきワイヤーは、反対側が木に固定されていることもあり、塀の上空でピンと張っている。センサーは反応していない。『空白の時間帯』に突入したのだ。
「行くぜ!」
 すかさずルパンは、あらかじめワイヤーに通してあった機械式の吊り輪にぶら下がった。次元も即座に後に続く。
 それぞれが手元のスイッチを入れると、モーターが静かに動きだして塀に向かって進み始めた。こちらの木の方が圧倒的に低いので、動力がないと短時間で渡ることができないのだ。
 あっと言う間に加速して塀の上空に差し掛かる。
 感電することも、警報が鳴り響くこともなかった。
「ほ〜ら見ろ、ほ〜ら見ろ♪」
「喜んでる場合か。まだ終わりじゃねぇぞ」
 そう言ってから、次元は別のスイッチを押した。途端に持ち手を支えるバネが伸び、身体が地面に近付く。飛び降りてから脇を見ると、ルパンもちょうど着地したところだった。
「時間は」
「おっと、やべぇ。あと4秒、3、2、1」
 次元は腰のマグナムに素早く手を伸ばし、「ゼロ」の言葉を聞くや否やワイヤーを撃ち抜いた。発射音を掻き消すかのように、またもや小規模な爆発音が立て続けに響き渡る。
「お〜お〜、五右ェ門のヤツ、派手にやってんなァ」
 ニヤニヤ笑いながら、ルパンは時計を確認した。
「センサー復活まであと1秒、ゼロ。……ま、ざっと、こんなモンよ」
 塀の上にはすでに何も乗っていない。
 ワイヤーが切れた時点で、木に取り付けている滑車付きのメカが巻き取ってくれたはずだ。『空白の時間帯』終了後の今警報が鳴っていないのなら、確かに検知されなかったのだろう。これで少しは時間稼ぎができる。
 ふーっと息を吐いて、次元は愛銃をベルトに挟み直した。
 イメージトレーニングを繰り返したので、成功する自信はそれなりにあった。とは言っても、秒単位の時間に追われることに慣れたわけではない。
 こんな場所は、さっさと仕事を終えてとっとと逃げ出すに限る。
「悦に入ってねぇで、行くぞ」
「あいよ〜」
 丘の上の派手な建物に向け、二人は駆け出した。
よく考えると結構大掛かりですよね、この侵入計画。
ルパンらしくなかったかも……( ̄▽ ̄;)

(2015/8/29)

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