「カウントダウン」 第一章 予兆編
(二)囮
 五、六人の警官が慌ただしく眼下を通り過ぎる。
 足音が遠ざかったのを確認してから、ルパンは隣りの次元に目くばせをしてバルコニーに降り立った。今まで窓のひさしの上に潜んでいたのだ。
 敵は五右ェ門の陽動に振り回されているのだろう。恐らく敷地内への自分たちの侵入はまだ知られていまい。しかし、気付かれるのは時間の問題だ。
 ルパンは懐から手のひら大の箱を取り出すと、窓ガラスの隅にそっと貼り付けた。お手製のジャミング効果付き除震装置である。窓の警報機を黙らせるつもりなのだ。
 機嫌良く鼻歌を歌いながら、工具でガラスに穴を開けていく。
「まずいな。雲行きが怪しいぞ」
 正門の方を眺めていた次元がぼそりと言った。無論、天候の話ではない。
「どんぐらいかかる?」
「敷地が広いからな。……大目に見繕っても5分ってところか」
「そーゆー場合は少な目に言うもんだぜ。ま、何とかなるっショ」
 窓ガラスをゆっくりと開け、ルパンは笑った。第二関門は無事にクリアできたようだ。


 室内は無人だった。
 庭の照明があまり届かない三階のこの部屋ではあるが、満月の夜であるお蔭で、ある程度物の判別は付く。
 ルパンは赤外線スコープを装着した。案の定、赤外線センサーが蜘蛛の巣並みに張り巡らされているのが見えた。事前情報によると床にも重量感知式センサーがあるらしい。どうりで室内に監視員を一人も置かないわけだ。
「こりゃ、とっつぁんの出る幕ねぇわな」
 ルパンの手元からポシュッと気の抜けた音がして、天井に向かって一本のロープが渡された。赤外線センサーを上手く避け、吸盤でしっかりと貼り付いている。
 反対側を窓枠に固定し、二〜三度引っ張って強度を確かめてから、ルパンはロープを登り始めた。所々に結び目があるので楽に進める。
「急げ、ルパン」
 次元が低く囁(ささや)いた。
 廊下や隣室には警官が大勢待機しているはず。警報があるので容易には踏み込んで来ないだろうが、静かにするに越したことはない。
「わぁってるよ」
 ルパンも小声で返した。背負っていた荷の中から出した様々な小道具を駆使して、空中からじわじわと奥の金庫の方に近付いて行く。
 程なくして金庫の手前に到達。
 指紋認証を指紋付き手袋で、網膜認証を義眼で乗り切り、ルパンは暗証番号の入力パネルにコードを接続した。繋いだメカが驚きの早さでナンバーを割り出す。セキュリティーシステムや生体認証を過信しているからか、『0123456789』という実にやる気のない組み合わせだった。もし銭形がそのことを知ったら、叱責して変更させていたことだろう。
(よっし。順調順調)
 天井からぶら下がったまま金庫の扉を開けたルパンは、中に置いてあった小さなケースを手に取った。中身を確かめ、次元に向かって合図すると、すぐに元来たルートを戻り始める。
 部屋の中ほどにまで進んだその時だった。廊下に通じる両扉が勢いよく外側に開かれた。
「ルパァァァァァァン! 窃盗の現行犯で逮捕だぁぁぁぁぁ!!」
「あんらぁ〜?」
 現れたのは警官隊を引き連れた銭形だった。よほど急いで走って来たのか肩で大きく息をしている。
 一拍遅れて電気が一斉に点灯し、室内が明るくなった。蛍光ピンクの壁紙が目に痛い。
「よぉ。とっつぁんじゃねぇ〜の。無理すっと身体に堪えるぜ?」
「余計なお世話だ!」
 怒鳴りつつも室内に踏み込んで来ないのは、ルパンの出方をうかがっているからではなく、部屋中の警報機が遮断されるのを待っているからなのだろう。
 窓の外からガヤガヤ騒ぐ音も聞こえてくるので、完全に包囲されていることは間違いない。
 ルパンは赤外線スコープを額にずらして肩をすくめた。
「よく今ここにいることが分かったなぁ。予告状にゃ時間書いてねぇのによ」
 囮役の五右ェ門には、黒装束に着替えさせた上で、警官になるべく姿をはっきり見せないように頼んである。台本通りに事が進んだのなら、陽動であること自体になかなか気付けないはずだ。
「ふん」
 銭形が得意げに鼻を鳴らせた。
「貴様の考えなんぞお見通しだ。俺の勘を舐めるなよ」
「勘かよ!」
「強いて言うなら、爆発の多さだな。お前はもっとスマートにできるはず。それをやらないのは何か目的があるからだ。別の物音を隠す目的とか、な」
 金庫の方から窓枠に伸びるワイヤーをチラリと目にし、銭形は一歩踏み出した。
 どうやら警報はスイッチを切られたらしい。
 控えていた警官隊も我先にと入室し、警棒や拳銃を手にルパンを取り囲む。あちこちに貼り付けたロープ類を切らずに放置しているのは、証拠として採用するつもりだからだろうか。
「お褒めの言葉ありがとさん。……ところで、下降りていいかい?」
 返事を待たずにルパンは床に降りた。一応両手を掲げておく。
「ルパン。言っておくが、廊下にも窓の外にも応援はたくさんいる。もう逃げられんぞ」
「全員すっげぇ疲れてるように見えるけど」
「囮野郎に振り回されたからだ! ヤツは誰だ。次元か? 五右ェ門か? お前が捕まって残念だったな。さぁ、お宝を返せ」
「えー。不二子ちゃんにプレゼントして、イイコトするつもりだったのにぃ」
「これからお前の相手をしてくれるのは峰不二子じゃない。ムショの煎餅布団だ。存分に抱き付け」
 警官を掻き分け、銭形がずずいっと迫って来る。無抵抗のルパンの懐に手を突っ込み、ケースを取り出した。透明ではないので中身は見えない。
「フォンダートさん、これで宜しいですかな」
「ちょっと失礼」
 呼ばれた男が慌てて飛んで来る。この奇抜な屋敷の主である、マックス・フォンダートだ。
「アイタタタ。もうちょい優しくしてくれよ」
 ルパンがぼやいた。警官たちに乱暴に引き倒され、後ろ手に手錠をはめられ、ついでに縄で縛られたのだ。もちろん象徴とも言えるワルサーは没収されてしまった。
 その脇でフォンダートがケースの蓋を開けた。
「なっ……!」
 中に入っていたのはただの石ころだった。ご丁寧に、ふざけたスマイルマークがマジックで大描きしてある。
「貴様、あれを一体どこに隠した! この裏か? この隙間か!?」
「あひゃひゃひゃひゃ。そこダメ。そこ触っちゃヤ〜よ♪」
 銭形に全身を撫で回され、ルパンが笑いながら大袈裟に身をよじる。
 頭に来た銭形は、ルパンの襟首を掴んで力任せにその上半身を引き起こした。
「もう一度言うぞ。『淑女の微笑』はどこにやった?」
「ちょっ……、とっつぁん、苦しいってば」
「お前はまだ一度もこの部屋を出ていない。必ずこの中にあるはずだ!」
 と言いつつ室内を見回した銭形は、ある物を目に留めてギョッとした。思わず手を離してしまい、ルパンが床に顎を打ち付けて「ヒデェ」と呻(うめ)いていたが、それは些細なことだ。
 金庫の上部の壁から、窓枠の下部に向けて伸びる一本の長いワイヤー。──先ほどはスルーしてしまったが、よく見てみると何かがおかしい。
 銭形の頭にインプットされている赤外線センサーの位置と照らし合わせると、明らかに、周囲に人が潜り抜ける隙間などなさそうなのだ。
 それは当然だろう。これだけ厳重なセキュリティー網を張り巡らせているのだ、空中とは言えど、一直線に金庫に向かえるルートが残っているわけがない。つまり、このワイヤーの示すルートは、人が通るための物ではない。人よりもずっと小さな何かが通るための──
「やりやがったな、ルパン!」
 ターゲットの品を入手して即、ルパンはワイヤーを使って窓の外で待機していた仲間にそれを渡したのだ。フックに吊り下げてただ滑らせたのか、動力を使ったのかは分からない。それはこの際どうでも良い。
 そして仲間──恐らく次元──は、受け取ってすぐに人目に付かない場所に隠れた。
 ルパンは外に向かって急ぎつつ、万が一警察に発見された時には時間稼ぎをする役目を持っていた。……否、銭形が陽動──恐らく五右ェ門──に気付いて戻って来ることも計算の内か。
 ルパンを捕えるためには一旦セキュリティーを黙らせる必要があるが、一部屋のみの解除には手間がかかる仕様のため、警察は必ずシステム全体をダウンさせる方法を選ぶ。
 そしてセキュリティーが全解除され、ルパンに注目が集まっている間に、次元はお宝を持って敷地外へ逃走する。
 ……そういう流れだったのだろう。
 ノーマークの次元はさぞや逃げやすかったに違いない。
「囮はお前の方だったのか」
 銭形は再度ルパンの襟首を掴もうと手を伸ばしたが、空振りに終わった。ルパンが横に転がって避けたのだ。
「……おい」
「ワリィけどさ、オレもやることあっからよ、とっつぁんたちの相手してるヒマねぇんだわ」
「なななな、何を……!」
 銭形が口を開くよりも先に、フォンダートがルパンに詰め寄った。
「ア、アンタたちは、さっきから何を言ってるんだ! 私のお宝は一体どこなんだ!」
「フォンダートさん、それは後で必ず捜査しますから。とにかく今はコイツを締め上げて──」
「私の『淑女の微笑』はどこなんだ〜〜っ!!」
「不用意に近付いてはいかん!」
 銭形の静止は間に合わなかった。
 かがみ込んでルパンの胸ぐらを掴んだフォンダートだったが、その瞬間、ルパンが爆発した。──そのようにしか思えなかった。
 直後にガラスの割れる音が響く。手近な窓からルパンが飛び出したのだ。
「畜生! あの野郎、まだ奥の手を隠してやがった!」
 濃厚なスモークにむせながら、銭形は周囲を見回す。衝撃で吹っ飛ばされたのか、はたまたルパンにのされたのか、フォンダートや数人の警官が床でのびているのが辛うじて見えた。
「銭形警部! 今のは一体!?」
「目くらましに決まってるだろう! 総員ただちに持ち場に戻れ! セキュリティーを復活させろ!」
 そう言いながら、銭形は割れた窓に駆け寄って階下を見下ろした。
 いつの間に手錠と縄を外したのだろうか。ルパンがワルサーを片手に、階差を物ともせずひさしや雨どいを伝って器用に下に降りて行くのが見える。地面では当然警官たちが待ち構えているが、お構いなしの様子だ。
(ルパンめ。何かを待っているな)
 銭形が警官らに注意を促そうとした、まさにその時。
 周辺一帯から轟音が沸き起こった。花火だ。敷地を取り囲むように、なぜだか季節外れの盛大な花火が立て続けに上がっているのだ。
「五右ェ門か!?」
 ──これも陽動に決まっている。
 銭形は横目で花火を見つつもルパンから視線を外さなかったが、他の者たちはそうもいかなかった。上空に気を取られた一瞬の隙を突かれて、ルパンに囲みを突破されてしまう。
「あばよ〜、とっつぁん」
「バカモン! すぐに追わんか!! ルパン三世を逃すなー!!」
 銭形は窓から身を乗り出して叫んだが、自分たちがすでに後手に回っていることを、もはやルパンは捕まらないだろうことを、鋭い勘で感じ取っていた。
銭さん出し抜かれるの図。
ルパンの盗み方が、ちょっとテキトー過ぎる気もしないではないですが…。文章で上手く説明できてないので、絵的に想像しにくいかも。

(2015/9/3)

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