「カウントダウン」 第一章 予兆編
(四)痕跡
 都会の片隅にあるアジトのリビングで、ルパンがしきりと首を傾げていた。
「おっかしいなぁ……。不二子のヤツ、一体何やってんだろ」
 手元のスマホのディスプレイには、数え切れないほどの呼び出しの記録が残っている。ここ数日、何度電話を掛けても繋がらないのだ。
 峰不二子ともあろう女がそうそう危機に陥るとは思っていないが、何かのっぴきならない状況に追い込まれているのではないかと心配になってくる。
 しかし、次元はそうは思っていないらしい。すぐ近くで愛銃の手入れをしているが、先ほどからルパンの愚痴に対して一切反応を寄越さない。不二子の話題に付き合うつもりはないと、態度で示しているようだ。
「ツレナイお人ねぇ、次元ちゃん。美女に優しくねぇ男は、長生きできねぇぞぉ〜」
 ルパンが大袈裟に文句を言うと、次元は視線すら上げず面倒臭げに応じる。
「そうか。なら、オレは長生きできそうだ」
「どーゆー理屈ヨ」
「そのまんまだろ」
 次元は掃除を終えたマグナムを腰ベルトに通した。こころなしか満足気だ。
「オメェもいいかげん懲りねぇ野郎だな。あの女のことだ、どうせどこぞの大金持ちの爺さんでもたらし込んでる最中なんだろ。放っとけ」
「いや、だってさ、約束してんだよオレと。それなのに連絡取れねぇってどーゆーこと?」
「だったら、オメェよりもその爺さんの方が魅力的だったんだろうさ」
「オレよりイイオトコがいるわけねぇだろ!」
 ルパンは半ば諦めつつも不二子に再度コールしてみる。──やはり通じることはない。
 ルパンとて、普段ならばこうも気を揉むことはなかっただろう。じゃれ合いの延長と前向きに捉えてはいるものの、約束を反故にされることなど日常茶飯事だからである。度量が大きくなければ彼女とは付き合えまい。
(う〜ん、でもなぁ……)
 スマホをテーブル上に放り投げ、ソファに深く背を預けると、ルパンは天井を仰いだ。
 そもそも不二子自ら連絡をくれと言っていたのだ。『プレゼント』を渡した後ならいざ知らず、渡してもないのにこちらからの連絡を無視するだろうか?
「いや、あの不二子だぞ。『淑女の微笑』を見もしないで──あ、やべっ」
 ブツブツ呟いている内にうっかり考えを表に出してしまい、ルパンは慌てて口をつぐんだ。しかし時すでに遅かった。
 向かいのソファに座る次元がローテーブルを蹴飛ばさんばかりの勢いで立ち上がる。
「なにぃ? おい、まさかお前、このヤマにあの女が絡んでるんじゃねぇだろうな!?」
「え〜っと……。絡むっつーか、絡み合いたいっつーか」
「アホか! お前がどうしてもあれをリビングに飾りてぇっつーから、オレも五右ェ門も、メンドクセェ手順踏んで手伝ってやったんだぞ」
「だから飾ってんじゃんか。ほれほれ」
 ルパンはマントルピースを指差した。確かに先日盗んだばかりの宝石が鎮座している。
「……つまり、もうそこから動かす気はないと思っていいんだな?」
 その手は食わねぇぞ、とばかりに次元はギロリと睨み付けて来る。完璧に読まれている。
「え〜っと……。飾る期間はオレの気分次第ってことで……ナハハハハ」
 次元は嘆息してソファに座り直した。笑って誤魔化すルパンを見て馬鹿らしくなったらしい。
 ルパンは苦笑しつつ立ち上がると、宝石を取って来てテーブルの真ん中に置いた。


 ピンクダイヤのブローチが電灯の光を受け煌めいている。
 かなり大粒ではあるが、別に世界最大級というわけではない。
 それでもこの宝石が有名なのは、発見時から綺麗なハート形であった──それに倣って、やはりハート形に研磨されている──ことと、代々の女性所有者が栄華を極めたという伝説があるためだろう。
 宝石の正式名称は発見者の名を冠して付けられたと言われているが、今では通称の方が通りが良い。望む物を手に入れた貴婦人たちの優雅さを象徴する──その名も、『淑女の微笑』。
 先日までの所有者はマックス・フォンダートであり、資産家の生まれだった母親の死に伴って、昨年莫大な財産と共に受け継いだとのことだった。
「あれは男が持っていても意味のない物よ。アタシにこそ相応しいと思わない?」とは、不二子談である。


「……ふ〜む。考えれば考えるほどおかしいぜ。あの不二子が、自分の物になるはずの物を放置するわけがねぇ」
 ルパンが断言すると、次元も割とあっさり頷いた。
「それに関しちゃ、同感だな」
「だろ? だから、何かあったんじゃねぇかと思ってるワケよ」
「素人じゃねぇんだ、たった三日電話が繋がらなかったくれぇで何言ってやがる。待ってりゃいずれ連絡が来るだろ。……来なくても構わねぇが」
 次元が最後まで言い終わらない内に、テーブル上のスマホが振動し始めた。
 ルパンが驚異的な反射速度で手を伸ばす。
「不二子ちゃん!?」
 しかし着信は待ち人からの物ではなかった。そう言えば、彼女用に設定している着信メロディは別の曲だ。
「なんでい、五右ェ門かよぉ」
 ルパンは口を尖らせながら、スピーカー状態にする。
「もしもしもしも〜し。こちらオトコマエのルパン三世、ドウゾー」
『ふざけている場合か』
 ムスッとした声が返って来た。
「あれ? ご機嫌ナナメ? もしかして、『淑女の微笑』を不二子ちゃんにプレゼントすること、怒ってる?」
『なっ!? お主、一言もそのようなこと言ってなかったではないか! 謀(たばか)ったな!』
 どうやら気付いてもいなかったらしい。次元ですらたった今知ったばかりなのだ、当然と言えば当然だろう。
「まぁまぁ、それは置いとくとして。日本に戻ってんだろ? 何かあったのか?」
 無理やり話題を変えると、五右ェ門は束の間沈黙した。
「……五右ェ門?」
『あ、いや……。不二子は元気か?』
「不二子ォ!? なんだよ、珍しいな。不二子がどうかしたのか?」
『それを拙者が訊いてるんだ』
 ルパンが首をひねりつつ不二子と連絡が取れないことを告げると、五右ェ門は滞在中の寺で耳にしたという話をためらいがちに語った。
『──と言う訳だ。お主はどう思う?』
「どうって……え〜っと、つまり共通点は名前だけか」
『無関係だとは思うが、なぜか引っ掛かってな』
「う〜ん……」
 胸騒ぎがしていたのはルパンだけではなかったようだ。第六感の鋭い五右ェ門が言うと、妙に信憑性が増す気がする。
「それが本当に不二子ちゃんで、意思に反して電話できねぇ状況だったら困るんだよな……。だいたいなんでそんな場所に行ったんだか。情報がなさ過ぎるぜ」
 ルパンは頭をガシガシと掻いた。
 黙って聞いていた次元が、そこで初めて口を挟む。
「商談って話なんだろ? あの女のことだ、金の匂いを嗅ぎ付けたら世界中のどこへだって飛んで行くだろうさ」
「そりゃそうだけどよ。じゃあ、マジで不二子なのか?」
「オレが知るかよ」
 このままでは埒が明かない。そう判断し、ルパンは遠い日本にいる仲間に向かって言った。
「五右ェ門よ。ワリィけど、その胡散臭い企業がどの国のどういうヤツなのか、もうちょい詳しく聞き出してくんねぇかな。なんか、嫌な予感がするんだ」
 対する五右ェ門の返答は明快だった。
『承知した』




「──で、お前はどうするんだルパン」
 痺れを切らしたかのように次元が言った。ルパンがスマホを手にしたまま固まっていたからだ。
「あぁ……そうだな……」
 考え事が纏まっていなかったが、取りあえずルパンは立ち上がった。
「一応GPSの情報があるんだけっども」
「……GPS? そんな物を不二子に付けてたのか? なら今までの話は──」
 意味がない、と言いかけた次元の言葉を遮ってルパンが言う。
「付けてたけど、途中で消されちまったんだよ。不二子に勘付かれたんだろうな。電源切られたから、チェスティカ空港までの足取りしか追えなかった」
 本人に内緒で発信機を付ければ、それは単なるストーカーだ。気付かれ次第遮断されるのは当然だろう。
「チェスティカか。ハブ空港だよな。その先を絞り込むのは難しそうだ」
「全乗客名簿を入手するにしたって、すっげぇ時間かかるだろうしなぁ」
 ルパンはノートパソコンを開いてGPSのデータを表示した。たった一日分しかない。ルパンと別れたその日の内に、不二子は発信機の存在を知ってしまったに違いない。
 決して彼女の失踪を予期していたわけではないのだが、返す返すも残念なことである。
 こんなことなら、もっと分かりにくい追跡方法を試すんだった……などと不届きなことを考えつつ、ルパンは再度どっかりとソファに座り込んだ。
 一息吐いて、宣言するかのように言う。
「だから、これはこれとして、別の方向からも足取りを追うことにした」
地名とか固有名詞をオリジナルで格好良く付ける才能が欲しいです。

(2015/9/19)

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