「カウントダウン」 第一章 予兆編
(五)レスコット
「別の方向?」
 次元が訝しげな顔をする。
「そ、そ」
 ルパンは真面目なのか不真面目なのか分からない調子で頷いた。
「不二子はオレと別れたその足でチェスティカに向かったんだぜ? しかも五右ェ門の話によると、砦とやらにその『フジコ』が到着したのは、オレと別れた翌日っぽい」
「そうか。事前に面会の約束をしていたと考えるべきだな」
 ──つまり、相手と最初にコンタクトを取ったのは更にその前。
 不二子の最近の足取りを追えば、おのずと答えが出るかもしれない。追えればの話だが。
「で、お前はどの程度『事前』のことを知ってるんだ?」
 次元のもっともな指摘に、ルパンは情けない声を返す。
「ん〜……知ってるっていやぁ知ってるけどよ……」
 先日会うまではシカゴにいたはずだ。これは間違いない。女盗賊・峰不二子が富豪宅から黄金の女神像を(色仕掛けで)騙し取った──不二子曰く「もらった」──と裏社会で話題になっていたし、彼女本人もそれを自慢していた。
「……とは言っても、それだけじゃあ範囲が広過ぎるんだよなァ」
「シカゴにある不二子のアジトをシラミ潰しに調べりゃ何か分かるかもしれねぇが……あまり気は進まねぇな」
 次元は不機嫌そうに顔をしかめた。
 今更ではあるが、峰不二子を助けるために動くこと自体が気に食わないのだ。仕事上協力し合うことはあるものの、迷惑を被ったことの方が何倍も多いのは事実。
 しかし、その身に危険が迫っていると言うのならば、放置するのはそれはそれで寝覚めが悪い。ルパンの熱心さも相俟って、結局否応なく巻き込まれてしまっている。
 次元の物言いたげな視線に気付かないふりをして、ルパンはパソコンを覗き込んだ。
「う〜ん。アジトっつったって、全部を把握してるワケじゃねぇしな。不二子ちゃん秘密主義だしぃ〜」
「気色悪い声を出すな」
「けどよ、その前に調べるべき場所があると思うんだよな」
 ルパンの手元からカタカタとキーボードを打つ音が響いた。いくつかのサーバーを経由して、シカゴ中のホテルの予約状況を強引に引っ張り出す。以前にこっそりネットワークに侵入した経験があるため、大して時間はかからなかった。
「……なるほど。ホテルの会議室か」
「おぅよ。砦の責任者と会う日程を組むために、先行して秘書だか担当者だかと会ってるはずだしな。電話で済むことだけど、不二子はそういうトコでは労力を惜しまねぇ女だ。砦に本名で行ったことを考えると、予約も多分…………ほら、ビンゴ!」
 検索でヒットした情報がディスプレイに表示される。
 某有名ホテルの豪華な会議室が、フジコ・ミネの名前で借りられていた。日付は約三週間前。
 場所がシカゴで良かった。それより以前の出来事だったら、数日では辿り着けない可能性もあった。
「どうするんだ、ルパン」
 次元が立ち上がりながら言った。聞かずとも答えは分かっているのだ。
 ルパンはニヤリと笑って、愛車のキーを手に取った。
「行くに決まってんだろ。幸い近所だ。二時間もあれば着くだろ」



 道中は特筆すべきことはなかった。五右ェ門からの連絡もまだない。
 ハイウェイを走り抜け、ルパンの言の通り二時間余りでシカゴに到着。
 例のホテルは目の前にある。従業員に扮したルパンは、白髭の次元と共に悠々とロビーに入った。
 次元が支配人にわざとぶつかり、IDカードを偽物とすり替える。本物を密かに受け取ると、次元に注意が向いている隙にルパンはその場を離れた。
 セキュリティールームの扉を開けるや否や睡眠剤散布で内部の人間を眠らせ、操作盤の前に陣取る。あっと言う間に目当ての映像データを引き出し、メモリースティックに保存した。
「やっぱ、人間相手の方が楽でイイぜ」
 独りごちつつ部屋を出ようとし、「あ、いけね」とIDカードを操作盤の上に放り投げた。ついでにホテルマンの制服も脱ぎ捨てる。後で大騒ぎになるだろうが、その頃にはもう自分たちは近くにいないので問題ない。
 裏口から外に出ると、元の格好の次元がすでに車を回して来ていた。
「どうだ?」
「バッチリよ」
 ルパンは助手席に乗り込むと、ノートパソコンに早速接続した。一台の防犯カメラの映像がディスプレイに広がる。倍速で流すとさっそく目当ての人物が見付かった。
 ハンドルを握りつつ、次元がちらりと視線を寄越す。
「ホテルの廊下か? 不二子の隣にいるのは……。駄目だ、見覚えねぇな」
「オレもこのオッサンには見覚えねぇけど、この辺が気になるんだよな」
 と言いつつ、ルパンは男の襟元部分を拡大した。
 特殊な画像処理ソフトで何重にもフィルターを掛け、ぼやけた画像を徐々に鮮明にしていく。
「おっし。見えた見えた」
「それは……レスコットの社章か?」
「の、ようだな」

 レスコット・ホールディングスは元はベンチャーのIT企業であったが、今では様々な分野のグループ会社を持つ一大企業となっている。
 未だ壮年の域を出ていないダスティン・レスコットが一代で築き上げたと言うのだから、その手腕には恐れ入るしかない。
 画面に映っているのは紛れもなく本社経営部の社章だった。

「さすがに最近は不況の影響で以前ほどの勢いはねぇみてぇだけど、世界的大企業としての矜持は忘れてはいねぇ。そういうメンドクセェ相手こそ、不二子の恰好の獲物だよなァ」
 ルパンは独りでうんうんと頷く。動画を再生している間も他のウィンドウを立ち上げ、目まぐるしくキーを叩いている。
 程なくして、その手が止まった。
「どうした、ルパン。何か分かったか」
 次元が尋ねると、ルパンは少し難しい顔をした。
「レスコット・グループの関連施設を調べたんだが、公式サイトの中には砦っぽい物はなかった。奥地に土地を持っているという情報もねぇ。……けど、名前の分かってる幹部連中をそれぞれ調べたら、ハイデゴールの山ン中に広大な土地を持ってるっつーのを見付けた。正確に言うと、レスコット警備保障の社長の弟の名義だがな」
「グループ会社社長の弟? そいつも社員なのか?」
「分かんねぇ。……が」
 ある経済誌でその社長、エルヴィス・バーネットが受けたインタビュー記事がネット上にあったのだが、家族紹介の流れで両親や子供たちと共に弟パトリックの名前が挙がっているだけだ。
 もし関係者なら記者が突っ込まないはずはないので、レスコットの社員ではないのだろう。
 かと言って、弟が他の会社を興しているという情報もない。バーネット家に先祖代々伝わる土地というわけでもなさそうだ。
「怪しいな。そこに例の砦が?」
「可能性は高いぜ」
 と言ってから、ルパンはパソコンの電源を落とした。頭の後ろで手を組み、情報を整理するかのように目を閉じる。
「ハイデゴール国はチェスティカ空港からそう遠くはねぇ。途中のどっかで一泊したとして……翌日の午後には余裕で到着できる」
 砦に行ったかもしれない不二子と、砦の訪問客『フジコ』。
 二人を同一人物と断定するにはまだ判断材料が足りないが、少しずつ、パズルのピースが組み上がって行く感覚がある。
 と、そこで、ルパンの懐がブルブルと振動し始めた。着信があったのだ。
 ちょうど車の流れが途切れたので、次元は脇道に進めてエンジンを切った。促すような視線を受け、ルパンはスマホを取り出した。
「なんでい、五右ェ門かよぉ」
 わざとらしい文句を無視して、開口一番、五右ェ門が言う。
『ルパン、すまん。例の家族とは接触できなかった』
「あれま」
『隣人の話によると、若者を連れて伊豆に湯治に行ってしまったらしい。どうする? 追うか?』
 生真面目な返答を聞き、ルパンは苦笑した。
「闇雲に探してもしょーがねぇだろ」
『だが砦の大体の場所は分かった。住職殿が聞いていた』
「お、そうか」
『ハイデゴールの南だそうだ』

 ──全ては繋がった。

「……五右ェ門。ちょっくらそっちで手に入れて欲しいモンがあんだけどさ、頼めるか?」
『あぁ』
「そんでもって、チェスティカに集合だ」
 簡潔に説明すると、ルパンは通信を切ってスマホを仕舞い直した。その眼は前に広がる道ではなく、遠くハイデゴールの方角を見詰めていた。
流れに無理はありますが、ミステリーではないので大目に見て頂きたく…(;^_^A

(2015/9/19)

≪ BACKTITLENEXT ≫
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送