「カウントダウン」 第二章 暗中編
(一)水面下の始動
 険しい山道をひた走る一台の自動車があった。ナビによる案内はない。
「ったく、バーネットだかガーネットだか知らねぇけどよ、何考えてこんな山奥を選んだんだよ」
 ハンドルを幾度も切り返しながら、ルパンがぶつくさ呟いている。
 昨夜の雨を吸った山道には幾本もの轍(わだち)が残っているので、普段もそれなりに人の往来はあるのだろう。しかしそれは、今現在悪路を行く彼らには何の慰めにもならない。
「バーネット兄弟の独断だと言うのか」
 後部座席に座る五右ェ門が言った。車体は大きく揺れているというのに、バランスを保って実に涼しげな顔をしている。
「んあ〜……いや、今のは言葉のアヤってヤツ。実際には会長のダスティン・レスコットの指図だろうな」
「そりゃそうだろ」
 助手席の次元はにべもない。
「街での話聞いたばかりじゃねぇか。食料や日用品を大量に買い込んでくれるってんで、レスコット様様だったろ」
 そうなのだ。その施設がレスコット・グループと関係があるということは、地元では特に隠されてはいなかった。
 何の施設なのか問うと、皆一様に「最先端の研究所だ」と言った。どうやらセキュリティー関連のハードやらソフトやらの開発をしているらしい。そしてその研究を守るために武装しているという事実も、彼らは笑って受け入れていた。

 なにしろハイデゴールはかなりの弱小国家だ。
 古くからの王族統治でとても閉鎖的なため、主要な国際空港から割と近いにもかかわらず、さほど発展は遂げていない。つまり、ハイデゴールはその好立地を活かせていないのだ。国境線を巡って近隣諸国との小競り合いが頻発するのも無理からぬ話である。
 そんな国に住む者たちが身近な武装勢力の存在をありがたがるのも、これまた至極当然の流れなのかもしれない。
 得体のしれない集団ならともかくとして、背景のしっかりした巨大企業グループの施設なのだ。有事の際にその社員らが助けてくれるのかどうかは分からないが、ある程度の抑止力として期待しているのだろう。

「それならば、なぜわざわざ無関係な弟の名義になっているのだ?」
「本当は地元民にも隠したかったんだろ。最初は秘密裏に土地を買って建てようとしてたみてぇだしな。空路からは外れているが絶海の孤島じゃあるめぇし、人や物資の行き来がある以上、隠し通すのはそりゃ無理ってもんだ」
「拙者にはよく分からんが……。そんなに隠すべき物なのか? その、セキュリティーに関する研究とやらは」
「セキュリティー会社がそのシステムを盗まれたら、格好が付かないどころじゃねぇよ。その情報を利用されて顧客が被害に遭ってみろ、社会的信用がガタ落ちになるぞ。IT分野に一番力を入れている『世界のレスコット社』としては、何としてでも守りてぇ代物だろ」
「人里離れた場所に施設を作れば守り易いのか?」
「念の為に言っておくが、物理的な侵入に対抗する話じゃねぇぞ。施設の存在そのものが知られなければ──つまり、最重要な情報が本社とは別にあることを知られなければ、そこのネットワークに入り込まれる危険性も減るからな。実際、ここにレスコットの関連施設があるなんて、ウェブ上では全く語られてなかっただろ」
「なるほど」
「どうやって情報の拡散を防いでるのかは分からねぇけどな」
「はいはい。お二人さん、ご注目〜」
 次元と五右ェ門の会話が一段落したところで、運転中のルパンが口を挟んだ。
「ちぃっとばかし気になってるコトがあるんだけっどもよ。レスコット警備保障って、フォンダートんトコを守ってた警備会社なんだよな」
「あぁ、あの奇天烈な屋敷の……」
 五右ェ門が顔をしかめる。やはり美意識が相容れないようだ。
「ってことは、アレか。今回の件ってもしかして、発端はオメェか!?」
「何言ってんだ、次元。不二子とヤツらのファーストコンタクトは、オレがフォンダートに予告状を出すよりずっと前のことだろ?」
「冗談だよ」
「とりあえず情報を整理しようか」
 ルパンは分かっている事柄を羅列し始めた。


 今向かっているのは、ハイデゴールの南に唯一ある山の中腹。地元民の話によると、途中で開けた場所があり、そこにレスコットの研究施設があるらしい。
 峰不二子がルパンと別れてすぐに向かったのは、十中八九その施設である。訪問後一晩経っても、施設内の大多数の人間には彼女の存在を知らされていなかった。
 そして日本で五右ェ門が仕入れた情報や、スマホが繋がらないことから、不二子は今も施設内に留まっている可能性が高い。こんな小国の山奥には電波が届かないのだ。
 問題は、不二子が自分の意思でそこにいるのかどうかと言うことだ。


「言ったろ。あの不二子が『淑女の微笑』を手にする前に、別のヤマにかかりっきりになるワケがねぇぜ!」
 改めて主張したルパンに、次元と五右ェ門も渋々首肯する。
「それに関しちゃ、いろいろと言いてぇことがあるが……。まぁいい、同感だ」
「拙者もそう思う」
 現状は不二子の意思に反していると見て間違いない。
 もっとも、それすら彼女の企みの範疇である可能性もなくはないのだが。この段階では確かめる術(すべ)はない。
 ルパンはさらに続ける。
「んで。不二子が監禁されてるとしてだ、動機は何だと思う?」
「あの女のことだ、おおかた面会相手を煽り過ぎて怒らせでもしたんだろ」
「不二子ちゃんのコミュニケーション力を舐めんなよ、次元。不二子ちゃんがにっこり微笑んだら、どんな条件だって通るんだ。んなことするわけねぇじゃん」
「アホか、夢見過ぎだ。取引内容が気に食わなけりゃ、いくらでも暴言吐く女だろ」
「んだとぉ!?」
「そう言えば、ルパン」
 低レベルな応酬を無視して五右ェ門が口を挟んだ。
「研究施設の責任者は何者だ? バーネット兄弟か?」
「トップってことか? オレが街の連中に聞いた話にゃ出て来なかったけども……う〜ん、エルヴィスじゃねぇよな。いちいちこんな山奥と警備保障のニューヨーク本社を往復してるとは思えねぇし。名義を借りただけの弟に任せるとも思えねぇ。フツーに、開発と警備を任されている研究所長がいるんだろ」
 次元がポンと手を打った。
「あぁ、忘れてた。名前は聞いてるぜ。確かボリス・カパロスって野郎が代表だって言ってたな」
「それを早く言えっ!」



 次元と運転を交代すると、ルパンは衛星回線を拝借してカパロスとやらをウェブ検索してみた。
 どこかの大学教授による回顧録に同じ名前が出ている。システム工学専攻のミリタリーマニアだったらしいが、それが研究所長のことを指しているかどうかは分からない。
「そうか、思い出したぜ」
 次元が横目でタブレットを見ながら言った。
「どっかで聞いたことある名前だと思ったら、確か、武器コレクターの中にカパロスって野郎がいたんだ。同好者の間ではそこそこ有名だったんじゃねぇかな」
 後出しの追加情報にルパンがガクッと肩を落とす。
「……そ、れ、を、早く言えぇぇぇ」
「一介のコレクターなんかいちいち覚えてられっかよ」
 とは言いつつも、きっかけさえあれば関連する記憶を呼び出すのはたいして難しいことではない。
 次元によると、前々からカパロスは一個人が持つには多過ぎるほどの膨大な数のコレクションを誇っており、全財産を収集作業にのみ注ぎ込んでいるのかと一部で話題になっていたのだと言う。
 実際はそれに加えて、研究所──と言う名の要塞──の責任者でもあるのだ。

 ルパンは武器マニアが集まるアングラサイトを興味本位で開いてみた。カパロス本人が出入りしているか否かは不明だが、掲示板の中でごくたまに名前が挙がっている。確かにその筋の人間には名が知られているようだ。
「趣味と実益を兼ねた仕事か。ハリウッド映画なんかじゃあ、こういうヤローがマッドエンジニアだったりするんだよなァ。密かに人体実験を繰り返してたりさ」
 次元が呆れたような視線を寄越す。
「工学系の人間が生物実験なんかするかよ」
「たとえだよ、たとえ」
「そしてお前が、それと敵対するヒーローってか。似合わねぇにもほどがある」
「ニヒルなダークヒーローならカッコイイじゃんか。でもま、オレとしちゃあ、むしろラスボス役が狙い目と思うわけヨ。主人公を追い詰めて高笑いとか、クセになっちゃいそ♪」
「で、最終的にヒーローに倒されて足蹴にされるわけだな」
「ヤローは願い下げだけど、セクシー美女なヒロインにだったら足蹴にされても構わねぇぜ。こう、下からの舐めるようなアングルで……ムフフ〜♪」
「マゾかテメェは」
「……お主らはいったい何の話をしているんだ……」
「いいのいいの。気にしない、気にしな〜い」
 緊張感の欠片もない雑談を繰り広げている内に、ルパンの表情がふと曇った。
 ネットサーフィンをしつつカパロスやそれと繋がりがありそうな人物の噂を集めている中で、気がかりなページを見付けたのだ。
 とあるブログに綴(つづ)られた、まるで遺書のような不穏な文章──

「なんだそれは。本当にカパロスが書いたのか?」
 次元が横目でパソコンを見ながら言った。
 キーボードを繰る手を休めずに、ルパンは小さく首を振る。
「んにゃ、分かんねぇ」
 どうやら非公開の個人的な日記らしい。アクセス解析を覗き見ると同一IPの足跡ばかりである。これがブログ主なのだろう。
「分かんねぇけど……他のエントリーを読む限り、コイツはどっかのデカイ施設の責任者らしいんだよな。固有名詞は出て来ねぇが、大勢の研究者を抱えているっぽいことが書いてあるぜ」
「そんな立場の野郎はこの世にゴマンといるぞ」
「私設の自衛軍を抱えている研究所ともなると、だいぶ絞られるだろ? それに、文章のクセっつーか、カパロスの卒業論文と書き方が似てるんだよなぁ……」
「じゃあ本人じゃねぇかよ」
「ルパン」
 自分で読む気はないのか、後部座席の五右ェ門が声だけ投げ掛けて来る。
「それがカパロスが書いたものとして、何か問題でもあるのか?」
 ルパンは肩をすくめて、画面上の文章の一部を読み上げた。


『何も知らない者たちを巻き込むことに対しての、良心の呵責はある。
 しかし私はやり遂げねばならない。
 赦(ゆる)しを請おうとも思わない。
 大事なのは過程ではなく、結果である。

 カウントダウンは始まった。
 全てを道連れに、私は地獄へと向かおう。

 願わくば、カウンターが動きを止めるその瞬間まで、邪魔の入らんことを。』


 五右ェ門が短く問う。
「掲載日は?」
 一呼吸置いた後、ルパンは静かに口を開いた。

「──今日」
セキュリティーだのネットワークだのに詳しくない人間が書くと、描写がこんなテキトーになると言う例です!
いいのよ、そこは主眼じゃないから……(と逃げ出す)

(2015/9/26)

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