「カウントダウン」 第二章 暗中編
(二)三つのサイン
「うぅ……気持ちワリィ……」
 助手席でルパンがぐったりと伸びている。
 三半規管は相当鍛えてあるはずなのだが、さすがに激しく揺れる車内で長時間パソコンと睨めっこをするのは無茶だったらしい。予想はしていたものの、それだけ気が急いていたのだ。
「コイツはここに置いて行くか?」
 次元がコンコンと車体を叩く。
 座席に深く身を沈めながら、ルパンは軽く片眉を上げた。
「んぁあ……。どのみち、これ以上近付いたら見張りに気付かれそうだしな……」
 既に道路から離れた木陰に停めている上に、道から外れたタイヤ跡も消してある。あとから誰かが通ったとしても、不審者の接近を知られる心配は少ないだろう。
 今のところ監視カメラの姿は見当たらないが、もちろんこの先は分からない。用心するに越したことはない。

 ルパンが復活したのは、それから10分後のことだった。



 木々の間を抜け、ぬかるみの酷い箇所を上手く避けつつ、三人は研究所があると思しき場所へ向かってひた走る。
 街で仕入れた情報から察するに、そろそろ何らかの人工物が見えて来ても良い頃合いだ。
「──で、さっきの遺書モドキの件だけっども」
 道すがら、何事もなかったのかのようにルパンが話を再開した。
「額面通りに受け取れば、カパロスは研究所……もとい、砦ごと自爆するつもりってことになるよな」
「額面通りでなければどうなる?」
 五右ェ門が走りながら器用に小首を傾げた。
「『地獄への道連れ』ってのが、連帯責任での失脚とも取れるだろ。つまり、ボリス・カパロスってヤローは何らかの不正行為をやらかしていたが、それが発覚すると大勢の関係者も一緒に処罰されるかもしんねぇ。そして、その発覚の時期が近付いている、ってこった」
「ふむ……」
「おい、見えて来たぞ」
 次元が不意に足を止め、声を上げた。
 距離にして2kmほど先に巨大な建物がそびえ立っていた。
 ルパンが双眼鏡で確認すると、ライフルやマシンガンを手にした者たちが外廊下を巡回しているのが見える。当然、警報装置も完備していることだろう。研究所どころか、まさに『砦』と形容するのが相応しい物々しさだ。
「あちゃー。こりゃ正面突破はメンドそうだ。……しょうがねぇ、最初の予定通りに行くぞ」
 背負っていた荷からカジュアルスーツを取り出して着込むと、ルパンは人工皮膚で作った変装用マスク(カツラ付き)を頭からかぶった。
「え〜っと、オレは笹野亮介、25歳。あ〜ア〜あ〜」
 数時間前に観た動画を思い出しながら、声の出し方を調整して本人に似せていく。
 五右ェ門が『例の甥っ子』の自宅に侵入して、家族で撮ったらしきDVDを何枚か拝借したのだ。
 それにより顔やしゃべり癖は一応確認できた。あとは演技力とアドリブで対処するしかないだろう。
「んじゃ、行って来るぜ」
「調子に乗ってボロ出すなよ」
「まっかせなさい」
 次元らをその場に残し、ルパンは唯一の車道に出て砦に向かって歩き出した。
 しばらくして急に目の前が開けた。
「ササノ! ササノじゃないか! お前、辞めたんじゃなかったのか?」
 近付くルパンの姿を見止め、門番の一人が手を振っている。
 北欧系の壮年の男だ。笹野亮介の先輩格であることは間違いない。
 ルパンは男の前に立つと、申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。
「えぇ。……なので、私物を引き取りに参りました」
「なんだ、今朝郵便で送ったって聞いたぞ。来るなら来ると連絡してくれ」
「すみません。いろいろとご迷惑をおかけして」
「こういう仕事だもんな。突然辞めたくなる気持ちも分からんでもないさ」
「できれば所長にも直接お詫びしたいのですが……」
「今日は無理だろうな。何の件かは知らんが、お忙しいらしくて朝から全然捕まらないんだ」
 不二子絡みで何かあったのだろうか。内心ヤキモキしながら、ルパンは心底困った様子で続ける。
「そうですか……。では、手紙を書かせていただいてもよろしいでしょうか?」
「あぁ。それがいいな」
 男はあっさりルパンを研究所内に招き入れた。退職したとは言え、笹野はほんの数日前まで仲間だった人間である。変装の完璧さもあいまって、何も警戒されなかったようだ。
 案内されたのは玄関横の無人の小部屋だった。門番用の休憩室と思われる。
「オレはまだ仕事があるから、終わったら声かけてくれ」
 そう言って、好都合にも男は門前に戻って行った。
「順調順調」
 手紙を書くふりをしていたルパンは、さっそく置いてあったパソコンの前に移動した。
 タブレットは携帯しているが、ローカルネットワークに侵入するにはこちらを使った方が効率が良いに決まっている。
 パスワードを解析して必要な情報を引き出すのに、ものの5分もかからなかった。



「バレなかったんだろうな?」
 戻るなり次元にそう訊かれ、ルパンは偉そうに胸を反らせた。
「あたぼーよ」
 門番には、明日になってから所長に手紙を渡すよう言い含めてある。笹野亮介本人が敵だと疑われないよう、ルパン三世マークを書いた紙を入れて封をしたのだ。
 これから起こることを考えると、カパロスがその手紙を目にする機会があるとは思えないが、ある程度の時間稼ぎにはなるだろう。
「さて、と。まずは一つ目の情報」
 大木の根にひょいと腰を下ろし、ルパンは人差し指を掲げた。
「近付いてみて分かったんだけどよ、砦のすぐ傍の空き地に、真っ赤なレンタカーが一台だけ停まってたんだよな」
「レンタカー?」
 次元が眉根を寄せる。
「研究者が所有してるわけじゃねぇんだな?」
「そういうヤツは他の場所にまとめて停めてるだろうから、あれは外部の人間の車だと思うぜ。しかも雨に濡れてたから、少なくても昨日の晩には既に置いてあったことになる」
「不二子か」
「だな」
 ここまで来ると、もはや不二子自身の意思で砦に留まっているとはとても言い難い。もし彼女の計画通りならば、レンタカーなど使わずに砦から迎えを寄越してもらっていたはずだ。
「二つ目。とりあえずコイツを見てくれ」
 次にルパンはタブレットを立ち上げた。先ほど盗って来たデータを表示する。
「砦の見取り図だ」
「大半が研究室と住居スペースか。辺鄙な場所だから当然と言やぁ当然だが、思ったより広いな。……ん?」
 ページを次々と繰っていた次元だったが、その指がふと止まった。拡大した場所にはっきりと『自爆装置』の文字が記載されていたのだ。
「ルパン、これは──」
「一応閲覧制限がかかってたから、笹野亮介とかの下っ端連中は知らねぇと思うぜ。全部のページに会長と社長と所長のサインがあるから……ま、ダスティン・レスコットも承知の上だろうな」
 つまり、自爆装置はカパロスが会長らに内緒で密かに運び入れたものではなく、施設の設計段階から公然と組み込まれていたことになる。
「マジかよ……。テロリストのアジトでもあるまいに、何考えてやがんだ」
「企業秘密を盗まれるくれぇなら、全部吹っ飛ばす方がマシってヤツなんかねぇ? そーゆー危ねぇくらいの大胆さがあったからこそ、レスコットグループはここまでデカくなれたのかもな」
 今回はその大胆さが裏目に出たと言ったところか。外部の脅威どころか、内部から崩壊する羽目になろうとは。
 ルパンはタブレットの縁をトントンと叩いた。
「……で、不二子のことだけっども。オレの勘じゃあ、この部屋の中にいると思う」
 女一人を監禁するくらいならば他の小部屋でも充分に用を成すだろう。しかし、この件にわざわざ不二子を巻き込んだことを鑑みると、自爆装置のすぐ傍に彼女を置くことがごく自然に思えた。
「ルパン」
 黙って聞いていた五右ェ門が口を挟む。
「カパロスの自爆計画を裏付ける物は見付かったのか? ブログとやらの文章だけでは確定できんぞ。ストレスのはけ口としての、ただの妄想文かもしれん」
 ルパンは頷き、新たなファイルを立ち上げた。
「三つ目だ」
「これは?」
「ショチョーさんの計画書」
 厳重にプロテクトがかかったフォルダの中に、そのデータはあった。
 動機については一切触れられていない。しかし、これから何をやろうとしているのかは分かる。
 ここまで詳細に計画を立てておいて、さすがに「ハイ妄想でした」は通らないだろう。現に不二子が捕らわれている可能性がとても高い。水面下で何か常ならぬことが進行しているのは確かなのだ。
「本気でこの建物ごと果てる気か……」
 長文ファイルにざっと目を通し終え、五右ェ門がやや呆然と独りごちた。
 納得がいかないのも無理はない。存在を公にできない施設とは言えど、レスコット社関係の研究所長ともなればなかなかの高給取りなはず。不二子はおろか、大勢の部下を巻き込んでの自爆を決意するなど、何がカパロスをそこまで追い詰めたと言うのだろうか。
「ブログやこの計画書を見る限り、カウントダウンはとっくに始まっていることになるな」
 次元がちらりと腕時計を見てつぶやいた。
 割り出したタイムリミットまで、あと5時間程度。長いようで短い。
「問題は、計画を知らねぇヤツらだ。オレらが事実を教えて一斉に逃げ出してくれたら楽なんだが、そう上手くはいかねぇだろうな」
「カパロスの人となり次第ではないか」
 顎に手を当てつつ、五右ェ門が思案気な面持ちで言う。
「もし信頼されているのであれば、こちらの言うことなど誰も聞きはしまい。敵とみなされるだけだろう」
「警備兵の数は多そうだ。いちいち相手してたらキリがねぇぞ」
「兵とは言っても、大半はあの若者のような一般人なのだろう? 実戦経験のある者はむしろ少ないような印象を受けるが」
「素人が多いからこそ怖ぇんだ。集団パニックになって何やらかすか分からねぇぞ」
「できれば逃がしてやりたい」
「余裕がありゃな」
「上に暴露したいところだが……」
「やるだけ無駄だろ」
 次元と五右ェ門が揃って溜息を吐く。
 自爆はあくまでカパロスの独断のはず。研究所長の暴走を上層部に告げれば、止められる可能性は皆無ではないだろう。多額の費用を投じて建てた研究所や才ある研究者たちを一度に失うなど、レスコットグループが許容するわけがないからだ。
 しかし問題は、暴走の証拠がないことだった。
 ブログには固有名詞が出て来ない。カパロスが書いたという証拠はない。
 アクセス記録を辿れれば良いのだが、奴はその道のプロだ。そう簡単には尻尾を掴ませまい。
 上層部が研究所長と大泥棒のどちらの言い分を信じるかは、考えるまでもなく分かる。
「ここで悩んでたって始まらねぇだろ」
 ルパンは苦笑を浮かべて立ち上がった。
 不二子が捕らわれ、カパロスに自殺するつもりがあり、その手段として既存の自爆装置を利用する。──これらのことは、以上の情報からほぼ確定している。
「知っちまった以上、放っておくわけにはいかねぇんだ。オレらはオレらのできることをやろうぜ」

 数多(あまた)の敵の攻撃をかわしつつ爆発を食い止め、不二子を助け出す。ハードルは高いが、最低でも不二子奪還だけは成功させねばならない。
会話メインになると長くなり過ぎるのが困りものです( ̄▽ ̄;)

笹野家のDVDはあとでこっそり返却予定です。
本体を持ち出さずともデータだけコピーすれば良かったんだけど、五右ェ門はそんな知識を持ってないような気がして(笑)

(2015/10/2)

≪ BACKTITLENEXT ≫
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送