「カウントダウン」 第二章 暗中編
(三)白昼夢
 幾度目かに目を覚ましたときも、周囲の景色に変わりはなかった。
 淡い光に照らされているのは、飾り気のない天井、シンプルな模様の壁紙、良く磨かれた床板、そして冷やかに己を取り囲む鉄格子──。

 思わず一息吐くと、不二子はゆっくりと頭を持ち上げた。
 酷い眩暈(めまい)がする。
(……もう! ヘンな薬を使わないでよね……)
 口に出すのは億劫なので、胸中で愚痴るだけに止めておく。
 どうやら広い室内には誰もいないようだ。──檻に捕らわれた自分以外は。
 不意に不二子は身震いをした。倒れ伏したままだと鉄製の床から冷気が直に伝わってくるのだ。
 しかも、長らく意識がなかった間に体温を奪い取られてしまったらしい。いくら暖かい季節であっても、これは辛い。
(気が利かない連中ね。ブランケットくらい寄越しなさいよ……)
 深呼吸をして気合を入れると、不二子は慎重に身体を引き起こした。一瞬眩暈が酷くなったが、なんとか鉄格子に寄りかかることに成功する。
 多少気分が落ち着いたあと、改めて辺りを観察してみた。
 朦朧とした状態で連れて来られたときには気付かなかったが、背にしている方の壁一面に大型の機械が設置されている。
(なにかしら……)
 パネルが明滅しているのが分かるが、不二子の位置からは表示されている文字が見えない。
 良くない兆候に決まっているが、現状ではどうすることもできない。
 不二子は諦めて耳を澄ませてみた。
 敵にしろ味方にしろ誰かがやって来ないものかと期待したが、いっこうに人の気配が感じられない。この部屋が普段から人通りのない奥まった場所にあるのか、はたまた単に人払いされているだけなのか、不二子には判断が付かなかった。
 ためしに鉄格子の扉を揺すってみたが、当然ながらびくともしない。錠前を開けようにも、ブローニングと共に小道具の類いも取り上げられてしまったらしく、手を出しようがない。
(……ったく、カパロスのヤツ、何考えてるのよ……。アタシが何したって言うの)
 状況確認が終わり、不二子の怒りの矛先はようやく元凶へと向かっていった。



 きっかけは何だっただろうか、と不二子は考え込む。
 確か、各国の富豪や高官が集まるパーティーに出席したのだった。
 不二子はこの手の催しにはツテを頼ってできるだけ参加するようにしている。好色な連中をたらし込んで金品を巻き上げるためではない。大人物との面識を得ておくためだ。そういった繋がりは、いずれ必ず何かの役に立つ。

 もう二ヶ月以上前の話だったろうか。
 とあるパーティーで、エルヴィス・バーネットと話をする機会を得た。彼がレスコット警備保障の社長であることは知っていた。お近付きになれば、のちにダスティン・レスコットにも紹介してもらえるかもしれない、そう思って会話を盛り上げた。
 努力の成果は実った。一対一で逢うことを約束し、実際に後日高級レストランでのディナーに誘われたのだ。
 不二子の自然な持ち上げっぷりに気を良くしたエルヴィスは、酔いの力も加わってか、自社が秘密の研究所を持っていることを漏らした。セキュリティーシステムの研究をそこで日々行っているのだと言う。
 しかし最新バージョンの稼働試験がいまいち上手くいっていない……そう聞いた不二子は、チャンスだと思った。
 不測の事態にも対処できそうな優秀なシステムエンジニアには、心当たりがある。その気になればアメリカ国防総省をもハックできると豪語する彼は、当然真人間ではないものの、説き伏せれば一時的に協力させることはできるだろう。
 要は、エルヴィスらの作るシステムを完成させてやれば良いのだ。そうすれば、一つ大きな貸しを作ることができる。
 エルヴィスはその場で研究所へ電話をかけ、ひとまず担当者と話をさせてくれた。その後ホテルの会議室で担当者と面会し、実際に研究所へと赴いて所長と対面する運びとなった。
 ハッカーは連れて行かなかった。変わり者につき言動にやや難があるため、所長との商談が確実にまとまってから引き合わそうと思ったのだ。
 そして実際に所長カパロスと顔を合わせ、話をしている内にふと気が遠くなり──



(……で、気付いたらこんな場所に閉じ込められちゃったわけね)
 不二子は忌々しげに眼前の鉄格子を睨んだ。
 恐らく出されたコーヒーに何らかの薬が混ぜられていたのだろう。よほど効きが強かったのか、寝ているような覚めているような曖昧な時間を長く過ごした気がする。
 他に飲食をした覚えはないが、腕に幾度となく注射をされた記憶がうっすらと蘇って来た。だとすると、捕らわれてから既に何日も経過している可能性がある。
 全身がやけにだるいのは、薬のせいと言うよりも、もしかすると栄養不足のせいなのかもしれない。
(やぁねぇ……。お肌が荒れちゃうわ)
 どんな場合でも美容のことに意識が向いてしまうのは、それが一番の武器になっているからだろうか。
 もちろん売りはそれだけではない。頭の良さ、コミュニケーション能力、そして類い稀な商才があると、不二子は自負していた。
 もっとも、次元に言わせると「損得勘定が上手いだけ」だそうだが。
 そんな不二子であっても、カパロスがこんな思い切った行動に出るとは思ってもいなかった。
 なにしろ、なぜ自分が監禁されているのか全く理解できないのだ。
 過去に出会ったことはない。恨みを買った覚えもない。それとも、単に因縁を忘れているだけなのだろうか。
 確かなのは、現状がエルヴィスの指示によるものでないことだけだった。あの社長の企てならば、こんな回りくどいことをせずに直接手を出してきたことだろう。
「ルパン……」
 思いがけず、その名が口をついて出た。
 倦怠感は相変わらずあるが、かろうじてしゃべる気力だけは戻って来たらしい。
(……気付いているんでしょ? アタシがいないことに)
 気付かないはずがない、と不二子は一縷の希望を込めて部屋の扉を見詰める。パネルしか光を発していない室内はとても薄暗いが、闇に慣れた目には問題なく見える。
 ルパンと最後に会ったのは、この研究所へ赴く二日前のことだった。大事な商談の前なので最初は呼び出しを無視するつもりだったが、途中で気が変わった。ルパンが『贈り物』の件をちらつかせたからだ。
 どうせ下心があるだろうことは分かっていたが、いつも通りかわす自信があったので、わざわざ会いに行ってあげた。
 そして、無事に『贈り物』を入手できたら連絡するよう、言っておいたのだ。カパロスとの会合は一日で終える予定だったので、それで何も問題はないはずだった。
(問題、大ありじゃないの……)
 ──いったい何を見誤ったのだろうか。
 自問しながら、不二子はそっと目を閉じた。
 元気を取り戻しつつあるつもりであっても、薬がまだ抜け切っていないためとても気怠いのだ。
 しかし、次に目覚めたときが勝負だと本能的に悟っていた。
「ルパン……」
 不二子は夢うつつで再度名前を呼ぶ。
「……何してるのよ。さっさと助けに来なさいな……」
この手の状況で必ず気になるのが、生理現象はどうしてたのかという問題……!(苦笑)
まぁ不二子にあまり自覚はないけど、寝たり起きたりを繰り返してた状態なので、意外とどうにかなったわけです。なんちって。

タイトルは「白昼夢」だけど、彼女はちゃんと起きてます。夢みたいなよく分からん状況ってことで。

(2015/10/10)

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