「カウントダウン」 第三章 障壁編
(一)邪魔者の退け方
「ゼロ!」
 ルパンの合図とともに、次元と五右ェ門は自分の腕時計を確認した。
 寸分の狂いもない。
「オッケー。残り4時間半。そろそろ行くとすっかぁ」
 ぐるぐる両腕を回しながら言うルパンに、五右ェ門が不満げな顔を向ける。
「時間がないとは言え、もう少しマシな作戦を思い付かなかったのか」
「んなコト言ったってさ、どんなに確認しても通気口は人間サマが通れるサイズじゃねぇし、下手に壁を爆破して自爆誘引しても困るし、地下道掘る時間も道具もねぇし、事前にアポ取ってねぇから訪問者装うわけにもいかねぇし。いろいろ熟考した結果、そうなっちまったわけヨ」
「しかしな」
「内部の人間に変装しての侵入は、大昔からある、ごくごくオーソドックスな方法の一つだぜ」
「結局力押しではないか」
 五右ェ門の視線の先には、下着姿で伸びている門番たちの姿がある。隙を見て倒したのだ。
 先ほどの『先輩』も木陰に転がっている。このままここにいれば、万が一砦が爆発したとしても、巻き込まれることはないだろう。
 笹野亮介として門番室に乗り込んだ際、全ての防犯カメラのチェック画面に録画映像が流れるようシステムをいじっておいたので、しばらくの間は目くらましになるはずだ。
「バカ言うなよ。力押しってのは、真正面からミサイルぶち込んで殴り込みかけるようなことを言うんだよ」
「極端な例を出すな」
「乗り込んじまえばこっちのモンだろ」
 ──少なくとも、堅固な高塀を破る手間は省ける。
 ニカッと笑うと、ルパンは上着の襟元をピンと立てた。着込んでいるのは門番たちから奪った迷彩服だ。このまま警備兵に成りすまして門の内側に入り、怪しまれない内にできるだけ早く不二子の近くに行かねばならない。
 計画も何もあったものではないが、前言の通り準備する時間が少な過ぎたので仕方ないことだとも言える。救いと言えば、研究所の設計図を入手できたことだろうか。
「次元、五右ェ門。念のためだ、これ持っとけ」
 これまた門番たちが持っていた無線機を仲間たちに放り渡す。用意できなかった衛星電話の代替機とするには心もとないが、どのみち連絡を取り合う機会などそうないに違いない。
「どうでもいいからさっさと行こうぜ。野郎どもと心中するのは、オレぁ御免だからな」
 次元に促され、ルパンはライフルを肩に担いだ。
「いざ行かん! 捕らわれの姫を助けに!」
「……やれやれ」



 門のすぐ内側には誰もいなかった。外に門番がいるからだろう。
 建物の正面玄関には複数人の姿が見えたが、三人は何食わぬ顔で建物の横手に回った。他にも巡回している者がいるので、意外に目立たないのだ。事実、声をかけられることはなかった。
「たるんでいる」
 ぼそりと言った五右ェ門に、次元が間髪入れず突っ込みを入れる。
「そりゃそうだろ。侵入者どころか客でさえ滅多に来ねぇような場所なんだ。ほとんどの連中は、命令に従って形式的に見回っているだけだな」
「人里から隔離している意味がなかろうに」
「現場の状況は上の連中にはなかなか伝わらねぇものさ」
 ガチャ、とルパンの手元で音がした。
「ほい。開いたぞー」
 窓を全開にして、ルパンはするりと建物内部へ侵入した。
 先刻システムをいじったついでに、窓のセキュリティーも部分的に切ってある。
 外側から回り込んだ方が危険は少なそうだが、不二子がいると思しき部屋はこの広大な施設の中央に位置しているのだ。
 次元と五右ェ門も後に続いた。
「えっと、まずはこっちだな」
 図面を思い浮かべながら、ルパンは慎重に進路を選択する。
 『砦』と呼ばれるだけあって、なかなか入り組んだ造りになっているのだ。廊下が階段や壁で分断されているため、目的地は1階であるにも関わらず、時には3階にまで昇らねばならない。
 更にはその廊下も、狭かったり広かったり、殺風景だったり絵画や造花が飾ってあったり……と、場所によって受ける印象が全く違う。
 次元がうんざりした様子で評す。
「これが『一般企業の研究所』か。聞いて呆れるな」
 敵が攻めてくること前提の、人を惑わすための構造だ。働いている人間もさぞかし鬱陶しく思っているに違いない。
「いくらなんでも、ここまで護りに徹する必要があるとは思えんのだが」
 五右ェ門が言うと、ルパンはチッチッチと人差し指を振った。
「ここには軍事マニアがいるってことを忘れちゃいけねぇぜ。どうせヤツの意見が大幅に取り入れられてんだろ。レスコットやエルヴィスがそーゆーのに詳しいとも思えねぇしな」
「カパロスの趣味だと言うのか」
「おうよ。建ったときには、そりゃもうご満悦だったろうな」
 逆に、レスコットたちはきっと驚いたことだろう。なにしろ社長室に行く際にも迂回しまくらないといけないのだから。
「それでも結局こうやって侵入されてるワケだから、やっぱり護る人間の意識ってヤツが一番大切なんだろうなァ」
 結論付けるようにそう言ってから、ルパンはキリッとした顔で黙った。
 前方から他の巡回者が一人で歩いて来たのだ。
 顔に見覚えがないからか、あるいは三人組が珍しいからか、チラチラこちらを窺っている。しかし何も言わずに通り過ぎて行った。
 その後何人かとすれ違ったが、騒ぎになるようなことは何もなかった。中には会話に熱中するあまり、こちらを一瞥すらしない二人組もいた。
 五右ェ門の言う通り、確かに「たるんでいる」のだろう。



 しばらく上がったり下りたりを繰り返していたとき、ルパンは廊下の中央で不意に立ち止まった。
「おっと。そろそろ来たか」
 慌ただしい気配を感じるのに、見える範囲には誰の姿もない。侵入に気付かれたのだ。システムが既に復旧しているのだとすると、天井のあちこちに設置されている防犯カメラからも監視されているのだろう。
 どのみち発覚するとは思っていたので、特に動揺したりはしない。
「ま、なんたってセキュリティー会社の総本山みてぇなモンだしな。しょーがねぇ、相手するしかねぇかァ」
 ルパンが言い終わるや否や、曲がり角の向こうから掃射を受ける。
 三人は近くの扉を蹴破って室内に転がり込んだ。迷彩服を剥ぎ取り、一気に元の服装に戻る。
「アッブネェな。どこに爆薬が仕掛けられてるか分からねぇってのに」
 入手した設計図にはそこまで記載されていなかったのだ。
「ルパン、まさか一発も撃たねぇつもりか?」
「まさか。味方にも銃を持たせている以上、ちっとやそっとでは誘爆しねぇだろ。壁も分厚いみてぇだし、大丈夫ダイジョーブ」
 次元の問いに矛盾した答えを返しながら、ルパンはショルダーホルスターから愛銃を引き抜いた。
「こっちには勝利の女神サマがついてるしな!」
「もちろん、ワルサーのことだろうな」
「いんや。愛する不二子ちゃんのことに決まってんだろ〜」
「お前、誰のせいだと……。あとで殴らせろ」
「ヤなこった♪」
 軽口を叩く余裕があるのは、敵が室内まで攻め込んで来ないからだ。出て来るのを万全の態勢で待ち構えていると言うよりは、攻めあぐねている様子が感じ取られる。
「どう見ても素人だぞ」
 五右ェ門が苦々しい表情を浮かべた。
 笹野亮介と同じ立場の、一般採用の者たちに違いない。
「わぁってるよ。……う〜ん、どうすっかな」
 ルパンは閃光弾を手に取ったが、少し考えてからそれを仕舞い直した。
「何をする気だ」
「あーゆーヤツらは、ちょっとばかし痛い目に遭わせるのが一番効果的なんよ」
 外れかかった扉を廊下に押し出しつつ、ルパンは威嚇するかの如く大声を張り上げた。
「道を開けろ〜ぉ! 雑魚に用はねぇ!」
 同時にワルサーを敵の方へ素早く向ける。視界でパッと鮮血が散った。
「ルパン!」
「かすり傷だぜ!」
 五右ェ門の文句を聞き流しながら、ルパンは敵の間を駆け抜ける。
 生粋の無法者には容赦する気はさらさらないが、相手が腰の引けた素人ばかりだと言うことが分かるため、やりにくいことこの上ない。果たしてどれだけの兵が自らの意思で闘っているのだろうか。
「わぁぁぁぁ!」
 パニックになってマシンガンを乱射する者がいたが、ほとんどの弾は五右ェ門が斬り落としていた。見当違いの方向へ飛んで行った弾が壁や天井にめり込んだものの、建物が不気味な振動を始める様子はなかった。
「慣れねぇことはするもんじゃねぇぜ。銃ってのは、こうやって使うもんだ」
 一瞬でマグナムを構えた次元が、近くの防犯カメラに次々と銃弾をお見舞いした。最後の一台に向けてはクールに背面撃ちまで繰り出す始末。
 悲鳴ともつかぬどよめきが周囲から沸き起こった。こういう場合は格の違いを見せ付けるのが一番なのだ。
 とは言っても、侵入者の排除は彼らの責務である。どんな教育を受けたのか、及び腰になりつつもなかなか去ろうとはしない。
「メンドクセェなぁ、も〜」
 ルパンは脅しをかけることにした。謎の自信に満ちた──つまり、何やらアブなそうな──笑みを浮かべて、敵兵の眼前で仁王立ちする。
「よっし、決めた! 邪魔するヤローは皆殺しだ! 全員殺して、この砦ごと爆破してやる! 盛大に吹っ飛ばしてやるぜぇっ!」
 ダメ出しとばかりに煙幕弾を手に取った。外見からは普通の手榴弾に見えるだろう。手榴弾一つでこの巨大な建物が破壊されるはずもないのだが、他にも爆発物を持っていると思わせることができればそれで良い。
 ルパンは躊躇なくピンを引き抜き、敵陣へと投げ付けた。こけおどしの派手な爆発音がして、瞬く間に黒い煙が広がる。
「ふはははは!! 死ね死ね死ね〜!! ほら、お前らも笑え」
「あぁ……うん。そうだな、外に逃げねぇ奴から殺すか」
「……この場に留まる者は自殺願望有りとみなす。つまり、その……命惜しくば去るがよい」
 二人のノリはいまいち悪かったが、効果はそれなりにあった。
 負傷して既に戦意喪失していた者たちを先頭に、悲鳴を上げ我先にと逃げ始めたのだ。ものの一分も経たない内に視界から邪魔者の姿が消えてなくなった。
 彼らが本当に敷地内から出て行ったのかは定かではない。素人兵は恐らく他にもいるだろう。しかし、さすがにそこまで気にしている暇はない。
「うっげ。ヒデェ臭いだ」
 漂う煙を手で払い除けながら、ルパンは足元に散らばる武器類から目ぼしい物を拾い上げた。手持ちの弾の数には限りがある。予備品があるに越したことはない。
「え〜っと。次はそこの階段使って一気に三階まで行くぞー。そのあとは20メートル直線行って、また一階にまで下りる」
「……設計者をぶん殴ってやりてぇ」
「おぅ。やれやれ。遠慮するな、ぶん殴れ」
「その折には拙者の分も頼む」
 およそ緊張感のない会話を繰り広げながら、彼らは既に走り出していた。
ルパン劇場(笑)
普段は襲って来る連中の背景なんか気にせずに倒しているであろう彼らですが、素人と知ってしまった以上、やはり気になって手加減してしまうのではないかと思います。

(2015/10/30)

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