「カウントダウン」 第三章 障壁編
(二)追跡者
「なにぃ!? それは本当か!」
 唾を飛ばさんばかりに大声を上げた銭形は、電話相手になだめられ、努力してテンションを引き下げた。
「……ああ、そうだ。……そうか、分かった。感謝する。……んん? いや、それとこれとは別だ。逮捕されないことを有難く思え」
 受話器からはまだ声が聞こえていたが、それにかぶせるように「じゃあな」と言って銭形は電話を終えた。有力な情報を手に入れた以上、細事にこだわっている暇はない。
「ルパン三世の居所が分かったのですか?」
 近くの席の刑事が傍に寄って来て言った。周囲の者は見向きもしない。忙しいのだ。
「あぁ。既知の情報屋からだ。奴ららしき一味をチェスティカで偶然目にしたらしい」
「目にした? それでは何の証拠もないのでは……?」
「だから行って確かめるんだ」
 銭形は立ち上がると、手元の書類をドサドサッとその刑事の机の机の上に置いた。
「え、ちょ、待ってください。お一人で行かれるつもりですか!? まずは上に報告して──」
「証拠がないのだから同行者の許可は下りんだろう。いつものことだ、構わんさ」
 軽い調子で言うと、銭形はトレンチコートを羽織った。
 なにしろ、フォンダート邸で失態をやらかしてからまだ日が浅い。その後処理に追われる部下たちに、「デスクワークは飽きたから自分だけ抜ける」とはとても言えなかった。
 たとえルパン逮捕が一番の解決策であるとしても、だ。
「あとは頼むぞ。進展があったら連絡する」
「はぁ……」
 釈然としない様子のその刑事を後目に、銭形は颯爽と警察署を出た。
 何だかんだと言って、先ほどの情報屋の観察眼は信用している。囮でない限り、十中八九ルパン本人と見て間違いないだろう。奴は国際的指名手配犯でありながら、変装もせずに動き回るようなふてぶてしい輩(やから)なのだ。
 問題はチェスティカ空港以降の足取りだ。ルパン三世は各地にアジトと移動手段を持っているため、空港から出た途端に行方が分からなくなることが多い。
「まぁいいさ。俺は俺の足で奴を追い詰める」
 自らを鼓舞するように声に出して言うと、銭形はタクシーを拾った。
 まずはチェスティカに飛ぶ。その後のことは、着いてから考えれば良い。




「なにぃ!? それは本当か!」
 思わず大声を出した銭形は、慌てて声をひそめた。
 ──場所はチェスティカ空港内。ゲートから出るなり、従業員に片っ端から声をかけていた最中の出来事だった。
「つまり、この男を目撃したと言うわけですな」
「そうだよ。バケツを蹴っ飛ばして俺に水をかけやがったから、よく覚えてる。ありゃ多分、すれ違った美女に気を取られてたんだな」
 空港のガラス戸を拭いていた清掃員が、まじまじとルパンの写真を見て頷いた。
「タクシーの運ちゃんと話してたけど、そのタクシーには乗らなかったみたいだ。道を尋ねただけかもしれんね」
「それで? どこに行ったか分かりますか?」
「さすがにそこまでは……。運転手の顔は覚えてないから、あとは自分で探しておくれよ」
「ご協力感謝!」
 挨拶もそこそこにその場を飛び出すと、銭形はすぐ傍のタクシー乗り場に駆け付けた。
「失礼! この男をご存じですか!?」
「知らないなぁ」
「失礼! この男をご存じですか!?」
「いや、見たことないですね」
「失礼! この男をご存じですか!?」
「おや。……なんか見覚えがあるような……」
 質問を繰り返すこと十数回。複数の乗客や運転手に嫌がられながら、ようやく好感触の返答を得ることができた。
「よ〜く見てください。この、派手なジャケットを着て猿のような締まりのない顔をした男でしたか?」
「そうそう、派手な上着を着ていたなぁ。多分この人だと思いますよ。客待ちしてたときに話しかけられたんだっけ」
「その男はどんな話をしていましたかね?」
「え〜と……。もう何時間も前のことだからなぁ……」
 乗客ならまだしも、道を訊かれただけの相手のことなど普通はあまり覚えていないだろう。
 分かってはいるものの逸(はや)る気持ちを抑え切れず、銭形は運転手の両肩を掴んでガクガクと前後に揺らした。
「思い出せ! 思い出すんだぁぁぁ!!」
「わわわ、ちょっと待ってください。何なんですか貴方は! ……あ、そうだ。確か、ハイデゴール国への行き方を訊かれたんだった」
 ハイデゴールと言えば、この国に隣接する小国である。国内には小型機しか離発着できない小規模な空港しかないため、ルパンは国際線のあるチェスティカを利用したのだろう。
 銭形は慌てて運転手を離すと、何事もなかったかのように続けた。
「ほぅ……。ハイデゴールですか」
「え、えぇ。外国人が越境するには許可証が必要って教えたんですけど、問題ないって笑ってましたね」
「なるほど」
 証明書の偽造など彼らにとっては朝飯前だろう。
 銭形は礼を言い、歩き始めた。歩きながら近くの警察署に電話をかけ、ICPOの名を使って強引にパトカーを出動させる。
 あとで問題になるかもしれないが、ハイデゴールにルパンがいることを証明しさえすれば、きっと何とかなるだろう。

(ハイデゴールにいったい何があるんだ……?)
 乗り込んだパトカーの中で、銭形は静かに自問する。
(あの国には大した資源はないし、王家も含めて金持ちの数も少ないと聞いている。奴が狙いそうな物があるとは思えん)
 かと言って、銭形を釣っておちょくるためだけに、こんな辺境の地にやって来たとも思えない。もっと相応しい舞台が他にいくらでもあるはずだ。
 つまり、ハイデゴールでないといけない理由が、何かある。
(……しかも今回、奴は痕跡を残している)
 追跡者──この場合は当然銭形のことだが──の目を欺(あざむ)く余裕がなかったと言うことだ。何か突発的な事件に巻き込まれたのかもしれない。
 ブラフの可能性はもちろんある。しかし銭形は、自身の考えが真実に近いだろうと結論付けた。長年ルパン三世を追い続けてきた専任捜査官としての勘だ。



「銭形警部。もうすぐ国境です」
 ハンドルを握る若い刑事が言った。
 サイレンを鳴らして爆走しているので、予想よりもずっと早くにハイデゴールに入れそうである。有難いことだ。
「先方には連絡してあるので、恐らく迎えが来ていると思います」
「そうか。無茶言ってすまんな」
 一応謝った銭形に対して、彼は朗らかに笑う。
「いえ。こんなスピードで走ることはそうそうないですからね。むしろ良い経験ですよ。運転には自信があるので、任せてください」
「速度超過で上の連中に睨まれたら、俺に無理矢理急かされたせいだと言っておいてくれ」
「はは。……ところで、ハイデゴールのどちらに向かうおつもりですか?」
「問題はそれだな」
 銭形は難しい顔をして地図を広げた。
 先ほど運転手から入手した情報だけでは、ルパンがハイデゴール国内のどの街に向かったのかは分からない。
 地図上には、政治機関があるそれなりに大きな都市が一つ、それに続く小都市が一つ、そして田舎町が複数。
 小さな町は除外しても良いだろう。交通の便が悪いから開発が遅れるのであって、ここから向かうには回り道が必要なところが多いからである。
 チェスティカから行きやすいのは、やはり二つの都市。
 銭形は少し考え、地図をパタンと閉じた。
「まずは地元の人間の話しを聞いてからだ」
「見付かるといいですねぇ、ルパン三世」
「見付けてやるさ」
 銭形が気合の入った声音で断言すると、若い刑事はバックミラー越しに目を輝かせた。
 先ほどから薄々感じていたのだが、どうやら憧れの気持ちを抱かれているらしい。ICPOの捜査官と一対一で接する機会などあまりないだろうから、さもありなんと言ったところか。
「そのお心意気、素晴らしいです!」
「……刑事として当たり前のことを言ったまでだ」
 にやけそうになる口元を意識的にぎゅっと結び、銭形は前方を睨み付けた。
 今はまだ気を抜くわけにはいかない。
 ルパンは必ずハイデゴールにいる。目的はまだ分からない。
 だが、必ず見付け出してやる。
 ──自分はそのためにここに来たのだから。
銭さんが怖いのは、地道な捜査を続けられる忍耐力に加えて、豊かな経験に基づく「野生動物並みに鋭い勘」もあるところですよね。あと、相当運も強い!(最終的には負けることが多いけど/苦笑)

国だの警察だのの描写は適当なので、突っ込みどころ満載かも…(^▽^;)

(2015/11/8)

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