「カウントダウン」 第三章 障壁編
(三)四方八方
 素人兵の集団はその後現れなかった。
 最初に逃げた者たちは無線機を持っていたので、連絡が行き渡ったのかもしれない。
 研究者や料理人などの非戦闘員も、できれば一緒に逃げていて欲しいものである。
「今どの辺りだ?」
 次元が尋ねると、先頭を走りながら監視カメラを撃ち落としていたルパンが声を張り上げる。
「半分は越えたと思うぞ〜!」
「ふざけんな。何度行ったり来たりさせる気だ。あと3時間しかねぇんだぞ!」
「オレに言うなよ! カパロスに言え!」
「物事は正確に言うものだ。あと、3時間と16分だな」
「うるへ〜」
「五右ェ門はちょっと黙っててくれ」
「……二人とも修行が足りんぞ」
 苛(いら)つく仲間に辟易し、五右ェ門は左手に持った愛刀を掲げた。
「そんなに面倒ならば、拙者が壁を斬って進ぜよう」
 いちいち階を跨いで遠回りせずとも、壁に穴を開けて直進すれば良い──そう言う理屈である。
「わ〜、やめやめ!」
 ルパンが慌てて止めに入る。
「言ったろ。どこで爆薬がおネンネしてんだか分かんね〜んだから、無茶すんなよ」
「そうだな」
 五右ェ門は素直に手を下ろした。元から実行する気はなかったのだ。
「なんだ、脅かすなよ。……あ、その先はデケェ広間になってるから気を付けてくれ。そろそろなんかあるかもしんねぇ」
 ルパンの言葉に従い、次元が突き当りの両扉を静かに開けた。確かに広間と言うべき空間が広がっている。一見誰の姿もない。面積は大きいにもかかわらず妙に圧迫感を覚えるのは、柱の数がやたらと多いからだろう。
「ルパン、なんだここは」
「分かんねぇ。これじゃあダンスパーティーもできねぇだろうなァ」
 適当に答えつつ室内を横切って別の扉に向かおうとしたルパンだったが、その腕を五右ェ門が掴んだ。
「……いるぞ」
 ルパンは無言で頷いた。何のことなのかは訊かなくても分かる。
「三人……五人……。十五人はいるな。気配が掴みにくい」
「ようやくプロのお出ましかよ」
 一般採用者に銃を持たせるだけではなく、傭兵経験者まで雇っていたらしい。
 さすがにこれは、エルヴィスの指示ではなくカパロスの独断だろう、とルパンは考えた。
 そこまでしてこの研究所を護りたかったのか、はたまた単に己のマニア心を満足させたかっただけなのかは分からないけども。
「来るぞ」
 次元が短く言うと同時に、柱の陰から一斉に銃弾が飛び出す。
「うわっと」
 自らも陰に隠れたルパンだったが、次の瞬間、思わず身体を仰け反らせた。思いがけない方向から飛んで来た弾が頬をかすめたのだ。
「な、なんだぁ〜!?」
「気を付けろ! 跳弾するぞ!」
 次元の声を聞き、ルパンはまじまじと背後を見やる。斜め後ろの柱に引っ掻いたような跡が残っていた。先ほどの弾はここに当たって跳ね返ったらしい。
「マジかよ。アイツらだって危険なんじゃ──」
「我らは危険など物ともしない!」
 ルパンの言葉にかぶせるように、誰かの声が響き渡った。
「さぁ、死ね! ルパン三世!!」
 途端に銃撃が再開する。
「ひゃぁぁ。アッブネェ〜!」
「任せろ!」
 言うが早いか、五右ェ門が前に飛び出した。柱に当たる前に銃弾を斬り伏せる。対応し切れなかった分は次元が撃ち落としていく。
「おい、ルパン」
 マグナムを構えながら、隣りの柱から次元が低くルパンを呼んだ。
「あのリーダーっぽい野郎、お前の名を言いやがったぞ」
「あぁ。泣ける話だねェ」
「はぁ?」
「捕らわれの不二子が言ったってこったろ? アタシを助けに来てくれるのは、この世にルパン三世をおいて他にはいないわ! って」
「…………まぁ、あの女なら、矛先を変えるために必ずお前の名前を出すだろうな……」
「つまりオレは白馬の王子サマってワケよ。──次元!」
 ルパンが声を上げた。
 次元は咄嗟に床を蹴り、その場を離れる。
 傍の柱に当たって跳ね返った弾が、ちょうど次元がいた辺りを通過して床にめり込んだ。銃弾を弾く特殊な素材が使われているのは、どうやら柱と壁の一部だけらしい。
「ふ〜ん。な〜るほど……」
 敵の動きを窺っていたルパンは、頤(おとがい)に手を添えて考え込んだ。
 どの位置にいる人間をどの位置からどの角度で狙えば良いのか、彼らは完璧に把握している。こちらが立ち位置を変えても、即座にそれに対応するようフォーメーションを組み直している。
 相当綿密なシミュレーションを日々繰り返していたのだろう。
 単なる傭兵崩れの寄せ集めではこうも上手く連携できまい。恐らく彼らは、カパロスに雇われる以前からチームを組んで闘って来たのだ。わざわざこんな辺境の地にまで赴いたのは、よほど金に困っていたからなのか。
(どう見ても戦闘用に設計された部屋みてぇだし、っつーことは、この中には爆発物は仕掛けられてなさそうだな)
 うんうんと一人で頷きつつ打つ手を考えていると、五右ェ門がルパンの眼前に転がり込んで来た。
 大してダメージは受けていない様子だが、顔や腕にいくつかの擦り傷を負っている。さすがの五右ェ門も、間近で跳ね返る銃弾の処理には手を焼いているらしい。
「大丈夫か?」
「無論」
 言うが早いか、斬鉄剣を大きく振りかぶる。近くの柱が二本まとめて横倒しになった。よく見ると、既に何本かの柱が倒されて視界が不自然に開けている。
「おいおい、無茶すんなよ」
「どうせ天井を支えるための物ではなかろう。それより、どうする気だ?」
「あぁ、それはだな──」
「むっ、いかん」
 質問したくせに答えも聞かず、また五右ェ門は飛び出して行ってしまった。
「せっかちなヤツぅ〜」
 呆れた調子でつぶやいてから、ルパンは何の前触れもなくいきなり振り向いた。
 ワルサーを向けた先には少し驚いた表情の男が立っていた。もちろん男の手中の銃もこちらを向いている。
「……へぇ。完璧に気配消したはずなんだが。よく気付いたな」
「そろそろ来ると思ってたんだよ」
 飛び交う跳弾に四苦八苦している最中にこっそりと別の刺客が近付く──よくある手だ。
「それ、防弾チョッキかい? よくこんな中に入って来れるな」
 あらぬ方向から飛んで来た弾をひょいひょいと避けながら、ルパンは雑談でもするかのように言った。
「そんな軟弱なモン着てねぇよ。さっき隊長も言ったろ。俺らは危険なんて気にしねぇさ。むしろ──」
 男の殺気が急激に増幅する。
「待ってたんだよ、この時を。この手でテメェみてぇな有名人を殺れるって時をなぁ〜!」
 銃を放り出し、なぜか男は大型ナイフを繰り出してきた。
「うわっと!」
 ルパンは反射的に身を反らせたが、ジャケットの裾に大きく裂け目が走った。先陣を切って送り込まれるだけあって、男の運動神経は並ではない。
 鋭い刃先が立て続けに襲い掛かる。
「高ぇ金で雇われたのはいいんだけどよ、なんせ敵が全く来やがらねぇもんだからな。退屈で! 退屈で!」
「知るか!」
「いい鍛錬の場にはなってたが、代わり映えのない毎日に飽き飽きしてたところだ!」
「そりゃ残念だったな!」
「懐かしいぜ、戦場が。俺だけじゃねぇ、隊長も、他の奴らもだ!」
「だったら、さっさと戦場に戻りゃ良かったんだろ〜が」
「今更戻れねぇよ! テメェらを八つ裂きにする方が楽しめるからな!」
 銃ではなく刃物を使うのは、その方が人殺しの実感が湧くからだろう。ここにいる者たちは、問題を起こして正規の軍隊から追い出された連中のなれの果てなのかもしれない。
(やれやれ……。こんなアブネ〜ヤツらがよくド田舎で大人しくしてたモンだぜ)
 ルパンは肩をすくめて一歩前に出ると、ナイフの切っ先を避けつつ勢いよく前蹴りを放った。当然男は回避するが、ルパンは自身が着地するよりも早く発砲していた──柱に向けて。
「ぐぉっ!」
 跳弾が男の横っ腹の皮一枚を削ぎ取るように飛び去った。残念ながら大した傷ではない。
「やりやがったな。もう容赦しねぇ」
 右手の大型ナイフに加えて、男がもう一本の刃物を左手に持った。恐らく他にもまだ隠し持っていることだろう。
「そりゃこっちのセリフだぜ」
「ルパン!」
 突然五右ェ門が割って入る。
 周囲を見ると、次元が大柄の男と対峙している他は静かなものだ。床に複数の傭兵が転がっている。
 大部分は二人が倒したのだろうが、柱の大半が破損したことによってフォーメーションが崩され、同士討ちも起ったに違いない。
「こやつの相手は拙者に任せろ」
「お、そっか」
「テメェ、逃げる気か!」
 男は慌てたように言ったが、ルパンは気にせず踵(きびす)を返した。一対一の決闘など受けた覚えはないので知ったことではない。チーム戦にはチーム戦で対抗すれば良い。
「ワリィな。あっち手伝ってくらぁ」
 しかし、その言葉を実行に移すことはなかった。
 足元の床が突然抜けたのだ。上に乗る者たちは重力に逆らうことができなかった。
「なっ……!?」
「どっひゃあぁぁぁぁ──……」
 ついでに刺客の男も悲鳴を上げる。
「オルランドォ〜! テメェェェェ〜!」



 ちょうどその時、次元は隊長を自称する男と向かい合っていた。
「ルパン! 五右ェ門!」
 ギョッとして駆け寄ろうとしたが、すぐさま蓋(ふた)の部分が跳ね上がり、内部を覗き込む暇はなかった。元通りに戻った床は、どこからどう見てもただの床である。境目すら見当たらない。
「おい、テメェ……」
 次元が押し殺した声を出した。
 蓋の開き方を訊こうとし、かろうじて思い止まる。この手の輩(やから)が大人しく答えるはずがないからだ。また、外側からそう簡単に開けるようなチャチな造りでもないだろう。
 ルパンの声のエコーのかかり具合から言って、穴は相当深そうだった。即死罠でないことを祈るしかない。
「オルランドだ」
 隊長が突然脈絡のないことを口にした。
「なに……?」
「俺の名前さ。オルランド・シガネル。さっきも言ったが、自衛部隊の隊長をしている。折角の機会だ、冥途の土産に覚えておいてくれ」
「残念ながら、オレは物覚えが悪ィんだ。有象無象の名前なんぞいちいち覚えてられんな」
「……噂に違わず気に障る野郎だ」
 オルランドと名乗った男は眉間に皺を寄せたが、挑発に乗って飛び掛かって来るような真似はしない。次元が迂闊に踏み込めないことを知っているからだ。
「ふん。動けるものなら動いてみろ。罠はそこかしこにあるんだ」
(ちっ。やはりな……)
 次元は内心で舌打ちをした。
 施設長が軍事マニアである以上、何らかのトラップが仕掛けられているかもしれないとは思っていた。しかし、発動の気配も感じられないまま内部深くにまで来てしまったので、そのことをすっかり失念していたのだ。
 引っ掛かったルパンや五右ェ門も、恐らくそうだったに違いない。
「言っておくが、奴らを助ける方法を訊いても無駄だぞ。俺も知らんからな」
「そうか」
 次元は短く言った。
 今はルパンたちのことは考えない。どうせ自力で脱出できるだろうし、もしそれが不可能なほど過酷な罠だったのなら、今更次元が助けに向かったところで無駄になるだけだからだ。
「……なら、テメェに用はねぇ」
「ぬかせ」
 オルランドの指がトリガーにかかる。
 第二ラウンドが始まろうとしていた。
跳弾する部屋で銃撃戦をやらかす敵集団! ……って、ンなアホな(笑)

仲間が一人ずつ減っていくお約束。
……をやろうと思ったら、なぜかいきなり二人減ってしまいました!
あ、でも、ルパンから見れば「まず一人(次元が)抜けた」ってことになるから、問題ないか(苦笑)

(2015/11/23)

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