「カウントダウン」 第三章 障壁編
(四)奈落
「どっひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 派手な叫び声を上げながら垂直降下していたルパンは、突如身体が静止したのを感じた。誰かが後ろからカッターシャツの襟首部分を掴んだのだ。
「あぁ、五右ェ門。すまねぇ──」
 と言いかけ、ルパンは思わず全身を硬直させる。
 こともあろうに、背後にいたのは先ほどの刺客だった。真っ暗闇で何も見えなくとも気配で分かる。恐らく壁に突き立てたナイフにすがり、筋力を頼みとして空中に留まっているのだ。
「俺で悪かったな」
 シャツを手繰り寄せるかのように、男が手に力を込めた。
「んあっ……」
 ルパンが呻(うめ)く。自らの重みも加わり喉元が締め付けられるのだ。
「おっと、動くなよ。もう一人の男もだ」
 ルパンが襟元に手を伸ばすよりも先に、男は冷たく言い放った。声音に不機嫌さが滲み出している。
「くっそ、オルランドの野郎……。あとでただじゃおかねぇ」
 五右ェ門の気配はない。
 しかし何かが地面に叩き付けられるような音はしなかったので、どうにかして闇に紛れているのだろう。
 荒い息の下でルパンは冷静に頭を働かせる。
 ──男は今、両手を塞がれている。一方は壁を掴み、一方はルパン三世を掴んでいる。もし突発的に何事かが起これば、当然男はルパン三世の方を離すだろう。その瞬間に反撃できれば……
(いや、ダメだ。ワルサーを向けようとしたら、向けきる前に勘付かれちまう)
 真の暗闇だからこそ、男は周囲の気配に神経を尖らせている。ルパンが何か行動を起こそうとしても、達成する前に阻止されることだろう。
 もし手を離され、即座に他のナイフを投げ付けられでもしたら。──現状では恐らく回避できまい。
 運良く致命傷は免れたとしても、墜落するまでの間に壁にすがりつけるかどうか微妙なところだ。五右ェ門のいる位置が分からない以上、迂闊に動くことができない。
 かと言って、腕時計内蔵のライトを点けて確認するわけにもいかない。恐らく男の利になってしまうからだ。
(まいったな。コッソリ合図くんねぇかなァ……)
 ルパンが胸中であれこれ思案していると、どこからか微かに衣擦れの音がした。
(……下、か……?)
 男も即座に反応する。
「動くなと言ったはずだ! こいつを殺すぞ!」
 優位にもかかわらず捕えてすぐに殺そうとしなかったのは、こちらが二人いるからだろう。人質を取って牽制しているつもりなのだ。
 男がますます手に力を込める。
「うむむ……ぐぅ〜」
 大袈裟に喘ぎながらも、しかし努めてゆっくりとルパンは右手を動かした。男は五右ェ門の動向に気を取られている。動くなら今しかない。
(頼むぜ……!)
 息苦しさを抑えてワルサーを発砲する。
「があぁっ!」
 男の悲鳴が響いた途端に、ルパンは空中へと投げ出された。ここまでは想定通りだ。
 しかし、締め付けられた影響で咄嗟に声が出ない。酷い眩暈(めまい)がして一瞬上下が分からなくなる。
(やべっ……!)
「ルパン! しっかりしろ」
 気付いた時には、ルパンは再び壁際にぶら下がっていた。今度は左手を掴まれている。顔は判別が付かないものの、投げ掛けられた声は間違いなく五右ェ門のものだった。
「ごえも──」
 しかし、最後まで言う暇はなかった。
 安堵したのも束の間、右足首に鈍い痛みが走ったのだ。重しを付けられたかのようにガクッと身体の位置が下がった。
「お……の……れ……」
 刺客の男だった。腹に被弾して瀕死の重傷を負ったはずなのに、両手でルパンの足をがっしりと捕まえている。
「離さねぇ、ぞ……。貴様もここ、で……死ねェェェェ……!」
「そりゃ遠慮するぜ」
 蹴り落とそうとするものの、男とて必死である。もはや生還できるとは思ってもいまいが、せめて相打ちに持ち込もうとでも言うのか、壁に足をかけ凄まじい力でルパンを引き摺り下ろそうとしている。
「イデデデデッ! しつっけーぞ、テメェ! 離せ! コンニャロ、コンニャロ!」
 もう一発お見舞いすれば済む話なのだが、あいにくワルサーの弾倉は既に空(から)。どうしようもない。
「ルパン……」
 五右ェ門が押し殺した声で言った。
「悪いが、そう長くはもたんぞ」
 先ほどの男同様、壁に斬鉄剣を突き刺し、片手で三人分の体重を支えているのだ。しかもその内の二人は暴れている。いくら驚異的な身体能力を誇る五右ェ門であっても、このままではいずれ力尽きる。
「わー! 待て待て待て。今なんとかすっから」
 ルパンは慌ててそう言ったが、結局何もすることはなかった。男についに限界の時が訪れたのだ。
「ち、く、しょぉぉぉぉぉ──……」
 ふっと足にかかる荷重が消え、男の絶叫が闇に呑み込まれていく。ほどなくして、下の方から何かに突き刺さるような不快な物音が聞こえた。
 ルパンは足元を見下ろしてみたが、穴の底どころか自分の足先すら見分けが付かなかった。剣山のように鋭い刃が林立している様でも想像すれば良いのだろうか。どこぞの地獄絵図のようだ。
「ルパン、大丈夫か」
 五右ェ門に改めて尋ねられ、ルパンはニヤッと笑みを浮かべた。見えなくとも気配ぐらいは伝わるだろう。
「ヘーキヘーキ」
 眩暈は既に治まっているし、喉にも特に問題はない。ただ足首が少々痛いだけだ。
「すまん。もう少し上手くやれれば良かったのだが」
「いや、助かったぜ。うっかり後手に回っちまってさ。……っと、そろそろ上がるかァ」
 ワルサーをホルスターに納めると、ルパンは脱出のために動き始めた。



 15分ほど経過した頃だろうか。
 ワイヤーなどの小道具を駆使して滑りやすい石壁を伝い、苦労して蓋のすぐ裏側にまで到達したルパンと五右ェ門は、頭上の広間にはもはや誰の気配もないことを感じ取っていた。
 五右ェ門が豪快に蓋を斬り落とし、ひとまず二人は床に這い上がってみる。暗所に慣れた目に電灯の光がとても眩しい。
「……ふむ。移動したようだな」
「どこ行きやがったんだ、次元のヤツ」
 柱の数が減り楽に一望できるようになった室内には、先刻と同様に複数の男らが倒れ伏している。そこには明らかに次元の姿はなかった。
 遠くから微かに銃声が聞こえるので、生きていることは確かだろう。同じく姿の見えない隊長と交戦中だと思われる。
「へぇぇ。やっぱスゲェな、ここ」
 たった今出て来たばかりの穴を覗き込んで、ルパンが緊張感のない声を上げた。
 腕時計の小さなライトでは全く見えなかった底が、天井の光を受けてぼんやりと視認できる。4メートル四方で高さにして50メートルはあるだろうか。黒っぽい塊は先ほどの刺客の死体だろう。身体から何本か刃物と思われる白い物体を生やしていた。
 五右ェ門が咎めるような視線を投げかけて来る。
「ルパン、何をやっている。そんな場合か」
「わぁってるよ」
 時計を見ると、残り2時間と45分。
 敵対する者のほとんどは意図的に逃がすか、あるいは倒すかしてきた。帰り道には行きほどの時間はかからないだろう。
 しかし、常に余裕を持って行動した方が良い。
「よし、行こうぜ」
「次元はどうする?」
「砦のだいたいの構造は憶えてるだろ。あとで合流すりゃいいさ」
 ルパンは、とん、と胸を叩いた。互いに無線機も持っている。何とかなるだろう。
「ならば拙者が先にこの部屋を抜ける。お主は合図があるまでそこを動くな」
 他のトラップを警戒しているのか、五右ェ門は一人でそろりそろりと歩き出した。斬鉄剣の鯉口を切り、何が飛び出して来ても即座に反応できるよう神経を研ぎ澄ましているのが、傍目からもよく分かる。
「お〜い。なんか室内の監視カメラは全部壊されてるみてぇだし、大丈夫なんじゃね〜のォ?」
「自動的に発動する物がないとは限らんだろう」
「ごもっとも」
 手持無沙汰になったルパンは愛銃の弾倉を入れ替えつつ、再度落とし穴を覗き込んだ。
 底にまで完全には光が届いていないため、なにやら闇に引き摺り込まれそうな心持ちになってしまう。さしずめ、地獄への入り口と言ったところか。
 深さと言い、四方の石壁の材質と言い、相当の金と労力をかけて造られたことは間違いないだろう。これがマニアのこだわりなのだろうか。
 しかしカパロスは、それら全てを壊そうとしている。部下や不二子を道連れにして。
「いったい何考えてんだか……」
 独りごちたルパンの耳に呼び声が届く。
「ルパン!」
 顔を上げると、五右ェ門の眼前に一人の筋骨隆々な大男が立ちはだかっているのが見えた。双頭の大斧を手にし、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべている。
 傭兵たちとは異なる服装をしているが、敵であることは明白だった。
「お主は先に行け!」
「おい──」
 言い掛けた言葉を聞きもせず、五右ェ門は一気に行動に出た。
 振り抜かれた斬鉄剣を、男がサイドステップで避ける。追撃も受け流される。
 その隙に、五右ェ門は男の脇をすり抜け廊下に飛び出した。そして追う男を引き連れるようにして、あっと言う間に曲がり角の先に姿を消してしまう。進路とは別の方向に。
「あぁぁあ、そっちじゃねぇってのに。協調性がないヤローばっかりで困りモンだぜ、全くよォ」
 ルパンはぼやいたが、五右ェ門の意図は考えずともよく分かる。
 ここで共に闘って足止めを食うよりも、一人で先に不二子を助けろと言ってくれたのだ。
 それが功を成すのか、裏目に出るのかは分からない。
 だが、立ち止まっている暇はない。刻一刻と運命の時は近付いて来ているのだから。
「待ってろよ、不二子」
 ワルサーを手にその場を離れながら、ルパンはふと思った。
 ──地獄の縁(ふち)に立っているのは、きっと自分たちではなくカパロスの方なのだろう、と。
ルパンには常に余裕綽々でいて欲しいので、できるだけピンチシーンは書きたくない。
たとえピンチになっても、「本当は自力で抜け出せるんだよ!」と感じられる余地は残しておきたい。
しかし、五右ェ門(や次元)がルパンを助けるシーンは書きたい。超書きたい。
……という、どうしようもないジレンマがぁぁぁぁぁ(爆)

(2015/12/12)

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