「カウントダウン」 第四章 激突編
(一)幻想の中の攻防
「この部屋に、どれだけの罠が仕掛けられているか分かるか?」
 銃を構えたまま、オルランドが世間話のついでの様に言った。
 次元は油断なく間合いを測りながら、素っ気なく返す。
「知るかよ」

 ルパンと五右ェ門が落とし穴に消えてから5分ほど経過していた。
 オルランドが動かないので、次元もまた動かない。
「詳しい数を言ってもあまり意味はないな」
「……」
 なら訊くな、と言いたくなるのを堪えて次元は押し黙った。相手のペースに乗せられてはいけない。
「大掛かりな物から目くらましタイプの物まであり、そのほとんどが手動式だ。つまり、別の場所から操作する人間がいるってことだ」
「……」
「俺は、闘いに横槍を入れられることを好まない」
「……」
「しかし、チーム戦に私情を挟むつもりはない。勝つための戦法に異議を唱えるつもりもない。──が」
 オルランドはいったん息を吐き、沈痛な面持ちで目を伏せる。
「それもこれも、仲間がいてこそのこと」
 次元はちらりと周囲に目をやった。
 物言わぬ傭兵たちが倒れ伏せている。かろうじて息のある者もいるが、ほとんどが致命傷を受け絶命していた。
 素人集団にはできた手加減も玄人相手だと難しい。彼らはチームプレイ戦に長けており、自らが動けなくなっても他者のサポートに回る技量と強い精神力があったから、一人ずつ徹底的に叩きのめすしかなかった。
 もっとも、次元は別段後悔はしていない。敵が死なねば自分が死ぬだけ。彼らはそういう世界で生きているのだ。
「彼らとは長年多くの戦場で組んで来たのに、とうとう失ってしまった。マルクにも、俺が裏切ったと誤解されてしまったしな……。指示を出したのは俺ではなかったのだが」
 落とし穴の件について言っているのだろう。
 監視カメラの映像を見つつタイミングを計り、誰かがトラップを作動させたのだ。味方の被害を無視してそれを敢行できるのは、恐らくカパロスだけだろう、と次元は踏んでいた。
「だが……これはチャンスでもある」
 オルランドは顔を上げた。一変して清々しい表情を浮かべている。
 次元に向けていた銃口をスッと逸らし、次々に発砲。部屋の四隅にあった監視カメラが破壊された。カパロスによるこれ以上の『横槍』を嫌ったのだろうか。
「俺は雇われ兵のリーダーで終わる男ではない。独りでもやっていける実力がある。ここで貴様を倒せば、良い箔付けになるだろう」
「……テメェの評価はどうでもいいが、カパロスが何をやろうとしてるのかは知ってるのか?」
 念のため次元が尋ねると、オルランドは事も無げに笑った。
「自爆のことか? 知っているさ。少なくとも、この俺はな」
「なぜ止めない?」
「なぜ止める必要がある? 死にたい奴は死なせてやればいい」
「仲間には教えなかったのか?」
「爆発までに脱出するよう俺が誘導すれば済む話だ。俺たちにとって……いや、もう『俺にとって』だな……。俺にとって重要なのは、それを阻止しようとやって来るお前たちを撃退すること。どうせ全てが壊れるんだ、派手に暴れたっていいじゃないか」
「知らずに巻き込まれる人間もいるだろうに」
「俺には関係ないことだ」
 自爆のことを知りつつも、なぜこの砦に留まっているのか。オルランドの発言により、次元にはその理由が分かったような気がした。
 この男も、恐らく部下たちも、砦内に峰不二子が監禁されていることを知っている。彼女を助けるために、ルパン三世一味がやって来るかもしれないことも分かっている。
 だから大人しくカパロスに雇われていたのだ。そうでなければ、こんな静かな場所に見切りを付け、さっさと紛争地帯にでも戻っていたことだろう。
 最初から全て織り込み済みだったのだ。
「……狙いはルパンか?」
「さぁな。カパロスは、死ぬ前に本物のバトルを見物したいと言っていた。本心かどうか知らないが」
 机上の軍事マニアとしてはさもありなんと言ったところか。
 次元は先ほど破壊された監視カメラに向かって顎をしゃくった。
「そこまでお膳立てしてもらったってのに、見せてやらねぇのか」
「言っただろう。俺は闘いに横槍を入れられることを好まない。……だから、罠の多いこの部屋では闘う気はない。──付いて来い、場所を移すぞ」
「……おい」
 返事も聞かずにオルランドは歩き出した。まるで、次元が同調することを確信しているかの如く。
 無防備にも思える背中を見て一瞬躊躇った次元だったが、小さく舌打ちをしてその後を追った。
 距離がある。今撃ってもどうせこの男は避けるだろう。
 床上で銃撃戦をやらかしていたら、ルパンたちが落とし穴から出て来にくいに違いない。この男が別の場所に行きたいと言うのならば従った方が良い。あとは彼ら自身で何とかするはずだ。



「ここには何の罠もない。心置きなく闘(や)れるぞ」
 いくつもの曲がり角を経て、向かった先は外だった。いわゆる中庭である。
 面積は先ほどの広間とさほど変わりがないが、何本もの植木や色鮮やかな花々、そしてちょっとした丘などもあり、なかなか見映えのある景色となっている。水捌けが良いのか、地面は特にぬかるんではいないようだ。
 もちろん、四方を囲む壁の何ヶ所かに監視カメラが備え付けられていた。
「……義理堅いこった」
 そんなにカパロスにバトルを見せてやりたいのか、と皮肉交じりに次元がつぶやくと、オルランドはふっと笑みを浮かべた。
「一応礼は尽くさないとな」
「テメェと遊んでいる暇はねぇんだ。とっとと終わらせるぞ」
「いいだろう。──来い! 次元大介!」
 オルランドが素早く銃口を向ける。
 次元は横っ飛びに跳ぶと、大木の陰に転がり込んだ。体勢を整え、すかさずマグナムで応戦する。
 もちろんオルランドもその場で突っ立っているわけではない。木々や庭石を上手く利用し、身を隠しつつ的確に弾を撃ち込んで来る。
 自称の通り、単独でも闘えるようだ。
「……っと!」
 次元が頭を引っ込めると、頭上を銃弾が通り抜けた。
 お返しとばかりに弾をお見舞いするが、オルランドも紙一重で避けてしまう。
(埒が明かねぇな)
 隙を見て弾倉に新しい弾を込めながら、次元はどうすべきか考えた。
 オルランドの態度から言って、敵が加勢することはないだろう。
 タイムリミットまでにはまだ時間があるから、あとはルパンらに託して、この男やカパロスの目を自分に引き付けておくのも良いかもしれない。
(あいつらが今どんな塩梅か、無線で確かめてみるか。……いや、まだ早いか? 穴から出てからじゃねぇと返答できねぇだろうな……)
 乾いた音がして、頭上から木の枝が降って来る。
 それを払い除けて次の木陰に飛び込んだ瞬間、次元の左足に痛みが走った。銃弾がかすったのだ。大した怪我ではないので問題はないが、こうやってじわじわと体力を削られるのも困る。どうにかして早めに決着を付けたいものだ。
 次元は周囲の様子を窺った。
「どうした、次元。その程度か!」
 植木の脇に立つ声の主をよく見ると、頬から一筋の血を流している。次元の攻撃による負傷だ。
「よく言うぜ」
 呆れる次元を無視して、オルランドは続ける。
「俺は時間いっぱい楽しめればそれでいいが、貴様はそうもいかないんじゃないのか? 女を助けに行くんだろう?」
 こちらの弱みを知られている。しかし焦ったら相手の思う壺だ。
「生憎、オレは白馬の王子様じゃねぇんだ」
「仲間に任すか? 生きていればいいのだが、な!」
 言葉に乗せて銃弾が飛んで来る。
 次元が走ると、着弾の衝撃で足元の芝がポンポンと軽快に抉(えぐ)れた。
「逃げてばかりでは俺に勝てんぞ!」
「じゃあ、ちょっと時間をくれ」
「なに……!?」
 突如足を止めた次元に釣られる様に、オルランドも静止した。
 彼我の距離はおよそ十メートル。
 オルランドの銃口は真っ直ぐに次元の心臓を狙っている。しかし、次元の手にはマグナムがない。いつの間にか定位置である腰ベルトの後ろ側に挟み込まれていた。
「……噂の早撃ちか。だが、状況を分かっているのか? どう考えても俺が撃つ方が早いぞ」
「やってみなきゃ分からねぇだろ」
 次元は軽く腰を落として重心を下げ、両手をやや広げた。いつでも愛銃を引き抜けるよう、敵の一挙一動に全神経を集中させる。
「舐めるのもいい加減にしろ!」
 オルランドが初めて怒りの感情を露わにした。苛立ちを隠し切れない様子で睨み付けて来る。そのまま足元の花を踏みにじりそうな勢いだ。
「だったら、試してみるか?」
「上等だ!」
 言うが早いか、オルランドが発砲する。
 対する次元が真っ先に取った行動は、オルランドの指がトリガーを引き切る前に、その場から駆け出すことだった。斜めに踏み込んで敵の照準から外れつつ、それと同時にマグナムのグリップを掴む。急所を撃ち抜くには体勢が悪い。狙ったのはオルランドの足元だ。
「──!!」
 湿気を含んだ花壇の柔らかい土が弾け、色とりどりの花弁と共にパッと視界に広がった。舞い散った水滴が陽光を反射してキラキラと輝く。まるで、メルヘンの世界に迷い込んだかのように。
 予想外の出来事だったのか、ほんの一瞬、オルランドが目を見開いて動きを止めた。
 その機を逃す次元ではない。間髪入れずに撃った弾は、オルランドが反射的に身を反らせたため急所には届かなかったが、それでも右肩の辺りを一直線に貫いた。
「……くっ」
 バランスを崩してオルランドが尻餅をつく。出血量が多い。放置すれば命にかかわる。
 次元は地面に落ちていた己の帽子を拾い上げた。銃弾の貫通跡をしげしげと眺めてから、軽く叩いてかぶり直す。
「あぁ、また一つ駄目にしちまった」
「黙れ!」
 何とか右腕を持ち上げたオルランドが、かろうじて再度引き金を引く。
 明らかに照準が合っていない。当然、弾は次元の脇をすり抜けるように消えて行った。
「ちぃっ……」
「さすが、しつけぇな」
「お褒めの言葉ありがとう、とでも言っておくか」
 オルランドは諦めたように溜息を吐いた。
「……立ち位置、狙ってたんだな」
「お前が花壇に入るのを待っていた」
「俺をわざわざ挑発したのは、意図に気付かせないためか?」
「まぁな」
「ふ……。まいったな。自分では、いけると思っていたのだがなぁ……」
 自嘲気味に笑い、銃口を突き付ける次元を見上げる。
「……まぁいいさ。結局他力本願になってしまうが、それで満足するほかない」
「……何の話だ……?」
 オルランドの瞳の中に狂気の色を見付け、次元は無意識に一歩後ろに下がった。脳裏で警鐘が鳴り響く。──何かがおかしい。こいつは、まだ何かを企んでいる。
「次元大介。貴様には、このままこの場に留まってもらいたい、と言っているのだよ。……俺と一緒に、な」
 自爆の道連れになれ、と言っているのだ。
「冗談じゃねぇ。逝くなら一人で逝け。お仲間が待ってるんじゃねぇのか」
「そうだな……。きっと、先に行って待っているな。マルクにも謝らねば……」
 オルランドが身じろぎをし、ゆっくりと左手を掲げようとした。銃を握っているわけではない。
 だが、次元は咄嗟にその左腕を撃ち抜いた。そして撃ってから後悔した。
 なぜなら、その時には既に、広範囲トラップが発動していたからだ。
 オルランドの合図が届いたのか。はたまた、監視していたカパロスの独断だったのか。
 ただ一つ分かるのは、不穏な空気を感じた時点でこの場を離れるべきだったことのみ。

「くそっ! 何が『ここには罠はない』だ!」

 逃げる時間は、どこにもなかった──。
一難去ってまた一難!(; ̄O ̄)

アクションシーンを描くのが苦手なんです。読むのは好きなのに自分では描けない(苦笑)
だから、いつもあっさり終わってしまいます…。

(2016/1/1)

≪ BACKTITLENEXT ≫
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送