「カウントダウン」 第四章 激突編
(二)立ちはだかる壁
 五右ェ門が罠を警戒しつつ広間を横切り、出入り口付近に到達した時のことだった。
 その男は、扉の陰から前触れもなくふらりと現れた。
「──!?」
 五右ェ門は咄嗟に居合の構えを取ったが、男は何をするでもなく、実に愉しげにこちらを見下ろしている。
 年の頃は二十代半ば。濃い金髪と褐色の肌を持ち、身長2メートルを軽く超す筋肉質の大男だ。迷彩服ではなく派手なアロハシャツを身に着けていることから、先ほどの傭兵一味とは無関係なのかもしれない。
 敵であることには間違いないだろう。でなければ、わざわざ重そうな両刃の大斧を肩に担いで、誰がこのタイミングで姿を現すだろうか。
 五右ェ門は直感した。──この男は、強い。
 ルパンと二人がかりで闘えば、いくらでも勝機はあるだろう。しかし、どのくらいの時間足止めを食うことになるのか、全く予想がつかない。
「ルパン!」
 背後にいるはずの仲間に向け、五右ェ門は声を張り上げる。
「お主は先に行け!」
「おい──」
 ルパンが何かを言い掛けたが、それに構わず一足飛びに前に出た。男の横を擦り抜けつつ抜刀し、猛然と斬鉄剣を振り上げる。
 捕えた、と思ったのも束の間、男は軽々とサイドステップでそれを避けていた。完全に棒立ちしていたにもかかわらず、驚異的な反射速度で身をかわしたのだ。
 男の視線がルパンの方に走る。
(まずい……!)
 これでは囮となった意味がない。
 考えるよりも先に五右ェ門の身体が動いていた。すかさず二撃目を入れる。
 一瞬ルパンの方に気を取られたかに見えた男は、素早く両刃斧を構えると、その長い柄で斬鉄剣の刃を受けた。
 五右ェ門の予想に反して、柄を斬り飛ばせない。刃を滑らすようにして受け流されてしまった。
 しかし、どうやら男の興味を引くことには成功したらしい。
 男が大斧を振り上げる。
 それを見た五右ェ門は踵を返して駆け出した。背後でヒュンと風を切る音がして、袴の裾が切り裂かれたのを感じる。次いで後を追う足音が聞こえた。
 無事に敵の目を引き付けたと安堵する暇もない。五右ェ門は廊下を飛ぶように駆けた。不二子がいると思われる部屋とは別方向へと突き進む。
 ──この男をルパンから引き離し、できるだけ、遠くへ。
 そう考えていた矢先、背後で男が力強く床を蹴った。脚の長さを生かした大跳躍で一気に距離を詰めて来る。
(速い!)
 横薙ぎの一振りを身を伏せて避け、五右ェ門はそのままの姿勢で左手を軸に身体を回転させた。勢いを付けて男の左足を思い切り蹴り飛ばそうとしたのだ。
 だが、察知した男が斧を両手持ちしたまま後方宙返りで回避する。巨漢にもかかわらず身軽なようだ。また、動きも俊敏である。
 五右ェ門が跳ね起きた時には、男も体勢を立て直していた。



「お主……何者だ」
 油断なく向き合いながら五右ェ門が誰何した。
 少し間が空いたあと、男が口を開く。
「ジョルジオ」
 それだけだった。自身の名前なのだろうか。
「カパロスとはどういう関係だ」
「ただの客だよ」
 男──ジョルジオは相変わらずニヤニヤと不気味な笑みを浮かべている。口数は少ないが、特に人見知りではないようだ。
「では、なぜここにいる。カパロスの企みを知らぬわけではあるまい?」
「あぁ」
「奴と共に果てる気か?」
「さぁ」
「……死ぬつもりなのか?」
「いや、別に」
 返答が短過ぎていまいち要領を得ない。ただ、ジョルジオにこの場から退く気が毛頭なさそうなことは分かる。
 五右ェ門は再度納刀すると、これ見よがしに鯉口を切った。
「あくまで邪魔をすると言うのならば、改めて拙者が相手つかまつる。それで構わぬか?」
「構わない」
 躊躇なくそう言ってから、ジョルジオは柄尻を両手で持って両刃斧を頭上で回転させ始めた。
 天井が高く幅の広い廊下であっても、長身の男が長い柄の獲物を自由に振り回せるほどのスペースはない。にもかかわらず、斧はいささかもスピードを落とさずに回り続けている。最初の一撃で両側の壁が半壊したからだ。
 五右ェ門が斬鉄剣の切れ味を頼りに壁を両断するのとはわけが違う。完全に力任せの技だった。こんな化け物相手にどうやって攻め入るべきなのだろうか。
「ふん!」
 五右ェ門が思案していると、ジョルジオが一声上げて唐突に動きを止めた。色黒なので分かりにくいが、こころなしか頬が紅潮しているようにも見える。一連の流れはウォーミングアップのつもりだったらしい。
「じゃあ、やるかぁ」
「では、参る!」
 先手必勝とばかりに、五右ェ門は相手の懐に飛び込んだ。リーチが長ければ長いほど、近過ぎる対象に攻撃を当てるのは至難の業である。付かず離れずの位置を維持できれば必ず付け入るチャンスはあるはず。
 とは言っても、己の弱点はジョルジオとて充分承知しているだろう。
 五右ェ門が抜刀した時には、敵は既に斬鉄剣の間合いの外に逃れていた。
 唸(うな)りを上げて斧の鋭い刃が迫る。それを避けて宙に跳び上がった五右ェ門は、今度は上から攻撃しようと試みた。眼下には、床に深く突き刺さった斧を引き抜こうとしているジョルジオの姿がある。
(今だ……!)
 利き手と思われる右腕目掛けて、全力で愛刀を斬り下ろした。……が、難なく斧を持ち上げたジョルジオがそれを阻止する。
 ギィィィィィン
 不快な金属音が響き渡ると同時に、五右ェ門はその場から弾き飛ばされた。
「……がっ」
 受け身も取れずに壁に衝突したが、床に膝を付きそうになるのを堪えて何とか立ち上がる。
 やはり、敵のパワーが尋常ではない。ジョルジオ自身の怪力に加えて、斧を引き抜いた反動がそのまま攻撃力へと転じたのだ。両刃の武器だからこそできた芸当だろう。常人より多少筋力がある程度の五右ェ門では、とても太刀打ちできそうもない。
 口の中で鉄の味がする。衝撃で口内を噛んでしまったらしい。五右ェ門は血混じりの唾を吐き捨てると、斬鉄剣を正眼に構えた。
 ジョルジオもまた、両刃斧を振り上げた状態で静止する。
 しばしの時が流れた。
「……これだけの力を誇りながら、なぜお主はカパロスに協力する?」
 やや迷いつつ五右ェ門は静かに尋ねた。時間稼ぎがしたかったわけではない。純粋に疑問に思ったのだ。
「そんなつもりない」
「ならばなぜ、客分にもかかわらずこの場にいる? カパロスの依頼か?」
「オレさ、馬鹿なんだよ」
 ジョルジオは唐突にそんなことをしゃべり出した。
「闘うことしか能がないから、他人と上手く付き合えないんだ。でもここだと、オレに命令するヤツはいないし、誰もオレに近寄って来ないからな。だから気が楽なんだよ。カパロスのおやっさんも、好きにしろって言ってくれるし」
「……そうか。恩があるのか」
「恩? 別にないよ」
「……では、いつからここにいる?」
「さぁ。半年くらい前かな」
「カパロスとは知り合いだったのか?」
「初めて会ったのは……どこの戦場だっけ? どうでもいいから覚えてないや。昔のことだよ」
 ジョルジオは細事にはこだわらない性格の様だ。
 とにかく、協調性のなさが災いして戦地を転々としていた彼に、救いの手を差し伸べたのがカパロスだったらしい。
「最初は断ったんだよ。人がたくさんいるって聞いたし。でも何もやらなくていい、客として滞在してくれって言われたんだ。嬉しかったよ。……あれ? やっぱ、おやっさんは恩人なのかなぁ」
「……それは恩人だろう」
「そう? じゃあそうかもな」
 五右ェ門は気のせいか頭が痛くなる思いがした。話が通じる気はしないが、一応進言してみる。
「何もしなくて良いのなら、拙者らと闘う必要もあるまい」
「そう? でもオレ、闘いたいんだけどな。闘うのは好きなんだ。おやっさんも言ってたよ。いずれ、最高のバトルを見せてくれって。……あ、そうか。だからオレは闘わなきゃならないんだ」
 行動理由を見付けたからか、ジョルジオはすっきりした顔で五右ェ門を見下ろした。
「アンタ、強いんだろ。ワクワクする。さぁ、続きやろう!」
「断る」
 五右ェ門は即答した。
 一剣士として強者との手合せに興味はあるが、破滅へのカウントダウンが進んでいるこの状況で、戦闘狂の趣味に付き合ってやる義理はない。
 ルパンはそろそろ不二子の元に到達した頃だろうか。それならば、この男とまともに闘わずとも、適当に逃げ回っていれば用は足りそうだ。
「なんだよぉ、自分から仕掛けたくせに」
 確かに『相手する』と言い出したのは五右ェ門の方だ。ジョルジオが文句を言うのも分かる。
 しかし彼の顔は笑ったままだった。
「ま、いいか。じゃあ、こっちから行くよ」
「──っ!?」
 距離を取る暇はなかった。
 瞬時に迫ったジョルジオの斧が、紙一重で回避した五右ェ門のすぐ傍に突き刺さる。壁の破片が盛大に飛んで来て身体に当たるが、それを斬撃で打ち落とす余裕はない。
「拙者は断ったぞ!」
「大丈夫。気にするなって」
 繋がりのよく分からない返しをし、ジョルジオは立て続けに斧を振るう。
「これだよ、これこれ! 懐かしいなぁ、この高揚感! 最高だ!」
「お主……」
 必死に攻撃を避けつつ、五右ェ門は敵の隙を窺った。
 まともに打ち合っても力負けする。なんとか打開策を見付けるしかない。
 ジョルジオは本人が言う通り、あまり頭は良くないようだ。最適な行動を考えて行動するタイプではない。それでも強いのは、驚異的な身体能力がそれを補っているからだ。多少無理な行動をしても即座に体勢を整えることができるので、欠点が欠点となっていない。
「え〜と、アンタ名前なんて言ったっけ?」
「拙者は十三代目、石川五右ェ門」
「じゅう……?」
「五右ェ門だ」
「ゴエモンさん、悪いけど死んでくれよ」
 言うが早いか、ジョルジオが渾身の力を込めて重い一撃を放つ。
 受け流し切れなかった五右ェ門は、再度吹っ飛ばされた。しかし身体を反転させ、ギリギリのタイミングでかろうじて壁に足を付く。痺れのような衝撃が一瞬足裏から頭にまで抜けたが、それに構わず壁を斜めに走り下りて床に着地した。
 そしてそれと同時に、愛刀を煌めかせた。
 置いてあった純白の飾り壺を掴んで放り投げつつ、それを細断したのだ。極限にまで細かくされた磁器の粉が辺りに舞い散る。
「うぉっ!?」
 追撃を入れようと全力で走って来たジョルジオは、粉塵の中に踏み込む直前で慌てて足を止めた。普通ならば、止まることができずに突入して目を傷めていたことだろう。
 それでも、流れるような攻撃が遮られたのだ。隙であることには違いない。
 ジョルジオが不穏な気配を感じ取って飛び退こうとした時には、五右ェ門は既に次の行動に移っていた。──白磁の粉の中、目を閉じたままで。
「……ぐっ……」
 頭上から苦しげな声が降って来る。敵はもう満足には動けまい。斬鉄剣に腹を貫かれたからだ。
 しかし、五右ェ門もまた身動きが取れなかった。右手ごと斬鉄剣を押さえられた上に、後ろ首を力任せに掴まれてしまったのだ。
「うっ……」
 腕一本だけでは抗し切れない。このままでは首の骨をへし折られてしまう。
(しまった……。突きではなく、袈裟がけに斬り付けるべきだった……)
 そして、即座に敵から離れるべきだった。
「くそっ! オレは、まだ、やれるぞ……!」
 ジョルジオの手にますます力がこもる。骨が悲鳴を上げる。頸動脈が圧迫されているせいで、急速に頭が朦朧としてくる。
 危機感が招いた成果だろうか。五右ェ門は半ば無意識に動いていた。
 唯一自由な左手で懐から匕首(あいくち)を取り出し、口にくわえて鞘から引き抜き──思い切り突き立てた。ジョルジオの胸元に向かって。
 立派な胸筋に阻まれて心臓には到達しなかったものの、一拍遅れてジョルジオはゆっくりと真後ろに倒れ込んだ。既に深手を負っていた身にとっては、充分に追い打ちをかけた形になったのだろう。
 ズシンと重い音がしたと同時に、既に舞い落ちていた粉塵が再びふわりと拡散する。
 不意に尻に衝撃を感じ、五右ェ門はハッと顔を上げた。解放された途端に床に座り込んでしまったようだ。
「……いってぇなぁ……」
 苦笑混じりの囁きが聞こえる。
「はは……。負けるって……こういう、ことなんだなぁ……」
 五右ェ門は傍に横たわるジョルジオを無言で見下ろした。
「そんな目、するなよぉ。……どうせ、オレは、こんな死に方すると思ってたし……楽しかったから、別に、後悔しちゃいないさ。…………いや、ホントは、もうちょっと生きたかった、気もする、けど……」
 少し迷いつつ、五右ェ門は口を開く。
「お主は別の生き方を探すべきだった」
「……かも、な」
 それが耳に届いた最期の言葉だった。
なぜ敵が斧使いなのか。……別に理由はありません(爆)
最初は大刀にしてたんだけど、どの武器のことにも詳しくないので、それなら結局何にしても同じかな〜なんて思ったり。
大柄な敵には大きな武器が似合いますものね!(実際は使いにくいだろうけど^^;)

向かい合っているはずなのに五右ェ門が首の後ろを掴まれたのは、二人に身長差があるためです。頭越しに、上から圧し掛かるように掴まれたと思って頂ければよろしいかと…(適当)
それより、次元も五右ェ門も、同じ手(目くらまし)で敵を倒してることの方が大問題な気が。

(2016/1/24)

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