「カウントダウン」 第四章 激突編
(四)各々の今
 誰かに呼ばれたような気がして、ルパンは突如立ち止まった。
 振り返ってみても誰の姿もない。
 五右ェ門と別れて以降は襲い来る敵もおらず、目的地へ向け順調に進んでいるところだった。順調過ぎて怖いくらいだ。
「ん〜。気のせい……か?」
 なぜだか妙に胸騒ぎがする。
 ルパンは無線機を取り出すと、とりあえず次元を呼び出そうとした。
 しかし、いくら待っても繋がらない。
「なんでい。まだケリが着いてねぇのか」
 逸る気持ちを抑えて五右ェ門にかけてみる。
 今度はわりと早く反応があった。酷い雑音と共にくぐもった声が届く。
『ルパ……か……?』
「おぉ。なんだ、すっげぇ聞こえにくいな。そっちは大丈夫なのか?」
『……あぁ、……丈夫だ。……無線……壊れ……』
 途切れ途切れの単語が聞こえる。バトルの最中に無線機が壊れてしまった、と言っているようだ。あの大男に投げ飛ばされたのだとしたら、充分に起こり得る事態である。
 声に焦りの色は感じられないので、五右ェ門自身は恐らく無事なのだろう。
「そっか。次元がどうなったか知らねぇか? 次元だよ、次元」
『……ゲン? ……ない。……近くには……』
「いない? いないんだな?」
 互いに同じフレーズを何度も繰り返すことで、かろうじて意思の疎通ができるレベルだ。
 こりゃあ、他の連絡手段も用意しとくんだったな、とルパンは苦笑した。それどころか今すぐ探しに行って直接話す方が早いかもしれない。
 とりあえず不二子救出を優先させよう、と合意したところで、五右ェ門が尋ねた。
 ──不二子がいる場所は、今から向かう場所で合っているのか?
「ちょい待ちな。もっかい試してみるわ」
 五右ェ門が聞き返すのを無視してタブレットを立ち上げてみる。すると、あるはずのない物がそこに表示されていた。不二子の位置情報だ。
「およ!? 発信機のスイッチが入ってんぞ。間違いねぇな、自爆装置の部屋だ。すぐ来てくれ」
 何度か繰り返し言ったのだが、雑音がますます激しく鳴り響き、ついには五右ェ門の声が全く聞こえなくなった。どうやら本格的に壊れてしまったらしい。
 無線機を投げ捨てると、ルパンはタブレットを荷の中に仕舞い込んだ。
 目的地に変更はない。
 しかし、なぜ今になって発信機が作動したのだろうか。
(罠か……? 指輪を部屋に残して、不二子ちゃんの身だけ他に移動させたとか……)
 時間稼ぎが目的ならそれも有り得る。
 発信機に気付いていたからこそ、カパロスは彼女から取り上げたのだろうから。
 ──そこまで考えてから、ルパンは自説を否定した。
(あー違うナ。不二子には渡したその日の内にGPS付きってのがバレてんだった)
 あの指輪は温度センサーがリングの内側に付けられており、指にはめて体温を感知することによって、位置情報が定期的にルパンのパソコンに送信される仕組みとなっている。
 不二子がそれを察して指から外したのならば、肌に触れない場所──鞄の中にでも仕舞い込んだ可能性が高い。
 そして、監禁時には持ち物を一括で取り上げられるだろうから、カパロスはあの指輪を単なる装飾品と解釈した可能性が高い。
 つまり──
(カパロスのヤローが不二子に指輪を返したのか? 発信機付きってことに気付かねぇで……?)
 だとしたら、やはり不二子は自爆装置の部屋にいることになる。罠ではない。
 そしてルパンにとって何より重要なのは、不二子が無事である可能性が高まったことだろう。意識のない状態の彼女の指に、敵がわざわざ指輪をはめてやるとは思えないからだ。
 恐らく彼女は自ら要求したのだ。指輪を返せと。GPSを作動させ、ルパンに居所を伝えるために。
 ならばもう、心配あるまい。あとは迎えに行くだけだ。

「待ってろよ〜! 不二子ぉ〜!」

 一段とスピードを上げつつ、ルパンは一心に走った。



+ + + + + + + +



 次元は困惑していた。
「まいったな……」
 彼は今、のっぴきならない状況に追い込まれていた。
「どうすんだよ、これ」
 自らの身体を見下ろすと、半透明の不思議な物体が盛大に付着しているのが分かる。トリモチ、あるいは粘着性のあるスライム状の物、と言った方が分かりやすいだろうか。
 もちろん生物ではない。ある意味、それ以上に厄介な代物だった。


 中庭のトラップが作動した、あの瞬間──。
 地面のあちこちから怒涛の勢いで謎の液体が噴出し、次元は逃げる暇もなく壁に叩き付けられた。
 意識を失っていたのは、10秒だろうか。10分だろうか。
 覚醒後、時計を確認しようにもできなかった。身体のほとんどが分厚いスライムに覆われ、壁に張り付けになった状態で身動きが取れなくなってしまったからだ。空気に触れることで、液体だった物が固体に近い状態に変質したのだろう。
 何の偶然か顔まで覆われなかったのは幸いだった。さもなくば、とうに窒息していたに違いない。
「……とは言ってもな……」
 聴衆が誰もいないにもかかわらず、次元は声に出して言った。
「手も足もろくに動かねぇし、マグナムもコイツの中だ。無線も取り出せねぇよな」
 自分にいちいち言い聞かせることによって、平静を保とうとしているのだ。
 次元は考え込む。
 スライムは弾性があるので、指一本動かせない、というわけではない。トリガーを引く程度のことは可能だろう。上手く行けば、銃を持つ右手を自由にすることができるかもしれない。
 分かってはいたものの、次元は発砲する決心が付かなかった。
 スライムの強度が不明だからだ。
 ──もし、銃身にまでスライムが入り込んでいて、暴発してしまったら……?
 次元の身も当然ただでは済まない。
(あの野郎、とんでもねぇ置き土産残しやがって……)
 視線を向けた先には、不自然なスライムの塊がある。そこから人の腕が一本突き出ていた。
 オルランドの腕だ。他の部分は完全に覆われているので、間違いなく絶命している。
 罠などないと言いつつこの中庭に案内したことから、自力で次元大介を倒すことができなければ罠の力で葬るつもりだったのだろう。自身も巻き込まれることを承知の上で。
(そんなタイプにゃ見えなかったんだが……)
 どちらかと言うと、目的を完遂しつつも生き残ることを最優先にして計画を立てるタイプに見えた。そういった冷静さがなければ、部下を率いていくつもの戦場を渡り歩くことなどできはしまい。
 心境の変化があったとすれば──
(……部下の死、だろうな)
 目の前で次々に倒れる仲間たち。対峙する強敵。味方の被害も顧みず、勝手に作動させられたトラップ。カウントダウン中の自爆装置……。
 心理的に追い詰められた結果、オルランドは命を棄ててまで勝利することにこだわってしまった。平常であれば決して選ばないだろう道を、自ら選んでしまったのだ。
 ──きっと、そういうことなのだろう。


「さて。どうするか」
 次元は駄目元で全身に力を入れてみたが、やはりスライムを引き千切ることはできなかった。
 少々迷った末に首元のスライムに噛みついてもみたが、ぶよよんと撥ね返されて歯型すら付かない。
 いったい何の素材で作られているのだろうか。
(欠片をルパンに渡したら喜びそうだな。いろんな小道具に応用できるかもしれねぇ)
 そんなことを考えつつ、脱出の糸口を探す。
 左の手首から先と、左肩の辺りはスライムに覆われてはいない。だが、そこを動かせたとしても、何の役にも立たなさそうだ。
 愛銃は使えない。無線機も使えない。
 自力で自由になることはおろか、助けを呼ぶことも不可能。
「くそっ。どうしようもねぇじゃねぇか」
 毒づきつつ監視カメラの方を見ると、壊れたり明後日の方向に傾いたりして、こちらを向いている物は一台もなかった。スライムの液体が勢いよくぶつかったせいだろうか。
 一瞬、敵が確認に来たらまずいと思ったものの、次元は考え直した。
 この時点で誰も来ていないのなら、これから先も来ることはないだろう。オルランドの部隊を全滅させた今、カパロスが非常時に動かせる駒はもうほとんど残っていないはず。
(しょうがねぇ……。アイツらが探しに来るまで待つとするか)
 次元は諦めて身体の力を抜いた。
 焦ることはない。どうせ時間はまだあるのだ。



+ + + + + + + +



 五右ェ門は溜め息を吐き、静かに納刀した。
 つい先ほどジョルジオを看取ったばかりなのだ。
 幾分気が重いのは、そのジョルジオを殺さざるを得なかったからだろう。
 殺らなければこちらが殺られていた。それは充分理解している。それでも、なぜか憎めない男だった。
 ベクトルは間違っていたが、闘いに賭ける思いが一途だったからだろうか。
(もし、良い師に巡り合っていれば……)
 思わずそう考え、五右ェ門は独り苦笑する。
 当の五右ェ門とて、良い師のみに恵まれたとはとても言い難い。結局のところ、人生を決めるのは自分自身なのだ。
 立ち上がり、数歩進んだところで何とはなしに振り返る。
 物言わぬジョルジオの遺体をしばし無言で眺め、そして無理やり視線を外した。
 ──こうしてはいられない。すぐにルパンを追わねば。
 五右ェ門は懐から無線機を取り出し、そしてぎょっとした。機器の一部が凹んでいたからだ。
「あの時か……」
 ジョルジオに吹っ飛ばされて一度壁に激突している。打ち付けたのは背だが、その衝撃が腹側の無線機に伝わっていたとしてもおかしくはない。よく見ると腕時計も壊れている。これでは残り時間が分からない。
「仕方ないな」
 その場にどちらも棄てて行こうとしたところ、無線機からルパンらしき声が聞こえた。
『……あー……エモ……?』
 慌てて拾い上げたが雑音が酷い。辛うじて繋がってはいるものの、声が遠い。
「ルパンか?」
『おー。……だ、……ぇ聞こえに……なー……ダイジョー……か?』
「だいじょう? ……あぁ、拙者は大丈夫だ。すまん、無線機が壊れてしまった」
 全く聞こえないのならまだしも、部分的に声が届くものだから始末が悪い。おかげで同じ言葉を何度も繰り返す羽目になってしまった。


 双方の努力の結果、分かったことがある。
 まずは、次元と連絡が取れないこと。
 これはあまり気にしていない。次元の持つ無線機も闘いの衝撃で壊れたと推測できるからだ。
 無論、敵にやられた可能性も皆無ではない。しかし次元がどこにいるのか分からない以上、今は不二子の身を優先すべきだ。
 二つ目は、不二子の居場所が特定できたこと。
 どうにかしてGPSの位置情報を取得したらしい。予想通り自爆装置のすぐ傍にいるようだ。


「確か……曲がり角を四つ左に戻るのだったか」
 五右ェ門は建物の設計図を必死に思い浮かべ、現在位置を特定した。
 ルパンからジョルジオを引き離すべく走ったが、それほど順路から遠のいたわけではない。急げばすぐに合流できるだろう。
 ついに雑音しか聞こえなくなり用を成さなくなった無線機を棄て、五右ェ門は強く床を蹴った。

 もう、振り返らなかった。
次元が面白いことになってます(爆)

ストーリーが遅々として進まないのは、余計な説明が多いせいなんでしょうね…(;^_^A

(2016/2/21)

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