「カウントダウン」 第五章 真相編
(一)迫り来るリミット
 明滅する数字は、無情にも至極正確に減り続けている。
 ──死へのカウントダウンである。


「ど、どうするのよ! 止めるの? 逃げるの?」
 不二子が動揺したように辺りを見回す。
 ルパンは自爆装置の操作パネルと格闘していたが、やがて諦めたように肩をすくめた。
「完全に解除するには時間が足んねぇかもしんねぇ。こりゃ逃げた方が無難だぜ」
「しかし、次元が──」
 五右ェ門が言いよどむ。衝撃の事実を知ったばかりなので心なしか顔色が悪い。
「そうだ、次元だ。連絡付かねぇけど、アイツ、どこ行ったんだ?」
「分からん。順路からはそう離れていないと思いたいが……」
「あ!」
 不二子が声を上げた。
「ほんのちょっと前、この部屋にカパロスが来た時に言ってたわ。次元と闘っていたオルランドが最期に何かやらかしたみたい。あの口ぶりだと次元の身に何かあったんだわ」
「マジかよ」
 目を瞬かせるルパンに、五右ェ門がきっぱりと言い放つ。
「拙者が探しに行く」
「けど」
「放ってはおけん」
「あぁ、だから皆で手分けを……って、おい! 待てって!」
 五右ェ門は既に駆け出していた。
 引き留めようとしたルパンは、一瞬躊躇ってからその背に向かって一言叫ぶ。
「任せたぞ!」
 返って来た言葉もまた簡潔だった。
「任せろ!」


「──で。どうするのよ」
 再度不二子が尋ねた。
「どうせなら、さっさと五右ェ門に穴開けてもらえば良かったのに」
 やや不満げではあるが、先ほどよりも声音は落ち着いている。
 どんな危機的状況に陥っても冷静さを保てる人間が、この世界で生き抜いていけるのだ。
 ルパンは苦笑しつつ、背負っていた荷を下ろしてゴソゴソと中身を漁った。
「そりゃあ脱出口を作るにはアイツに壁ぶった切ってもらうのが一番早ェけど、しょーがねぇだろ」
 肝心の次元がどこにいるのか分からない以上、探すために裂く時間はできるだけ確保してやるべきだ。
(ホントは全員で探して、全員で逃げる方が効率がいいンだけどナ……)
 と考えながら、ルパンは不二子の方を見やる。
 表面上は元気なように見えても、疲れは確実に溜まっていることだろう。彼女のことを思うのならば、広い施設内を駆け回らせる事態は避けた方が良い。きっと五右ェ門もそう考えたはずだ。
「オーソドックスに行くとすっか」
 ルパンはサブマシンガンを手に取った。
「え〜っと、外に一番近いのは……。確かこっちの方角だったよな」
 設計図を脳裏に思い浮かべて壁の一角を掃射する。楕円型に無数の穴が開き、それがルパンの蹴りによって外側にゆっくりと倒れ込んだ。隣室への抜け穴を作ったのだ。
 入り組んでいる場所から短時間で脱出するには、それしか方法がない。
「無茶しないでよ。誘爆したらどうする気?」
 不二子は強い口調で文句を言ったが、この期に及んで慎重に行動している暇などないのは、彼女にだって分かっている。
「その時はその時だぜ。カウントは?」
「あと8分12秒ね」
「よっし、余裕余裕。不二子、これを頼む」
 ルパンはサブマシンガンと荷物を不二子の手に押し付けた。
「え?」
「いいか、このまま真っ直ぐ壁を破壊していったら研究所の東側に出る。廊下の他に小部屋を2つ通り抜けなきゃなんねぇけど、作り付けの家具はねぇみてぇだからそれほど障害はねぇはず。壁が倒れなかったら小型爆弾を使え。袋の中にいくつか入っている。外に出たらすぐに建物から離れろ」
 本来ならば自分が不二子を先導すべきである。分かってはいたものの、そのことに目をつぶってルパンは続けた。
「できるな?」
「そりゃできるけど……ルパン、貴方はどうするの?」
「オレはやることがあるんだ」
「時間がないわ」
「分かってるさ」
 ルパンは手を伸ばして素早く不二子を引き寄せると、有無を言わさずキスをした。途端に突き飛ばされてしまい、ダンスのステップのようにたたらを踏む。
「この非常時に何するのよ!」
「ナハハ♪ 非常時だからだよ〜ん。──さ、行きな。帰ったら思う存分続きしようぜ」
 ニカッと笑ってひらひら手を振ると、ルパンは身を翻した。
 背後から不二子の声が飛んで来る。
「しないわよ! あとで引っ叩いてやるから覚悟なさい!」



+ + + + + + + +



 五右ェ門は一心に走っていた。
 傭兵部隊と乱戦した広間まで戻ったが、当然次元の姿はない。
「次元! どこだ!?」
 呼びかけるものの反応はない。余程遠くにいるのか、声が出せない状態なのか、それすら分からない。
 五右ェ門は広間の中央で立ち止まると大きく深呼吸した。焦っても良いことなど何もない。
(よく考えろ。次元はなぜここから離れた?)
 自ら動いたか、敵に誘導されたか。あるいは別の罠にはまったか。
 五右ェ門は落ちていた銃器で床をコツコツ叩いてみたが、足の下に空洞があるか否かは判断が付かなかった。もし先ほどの落とし穴同様に大きな縦穴が開いていたとしても、蓋部分が分厚過ぎて音の伝わり方にほとんど差がなさそうだ。他の場所をあたるしかない。

 ──6分37秒。

 カウントダウンは着々と進む。
 時計は使い物にならなくなっていたが、五右ェ門の鋭敏な感覚は残り時間をほぼ正確に把握していた。
(離れるにしてもそう遠くには行かないはず。考えろ。何か合図を送れれば……)

 その時、だった。
 けたたましく鳴る警報音に混じって、それとは別の音が微かに耳に届いたのは。

 五右ェ門はハッと顔を上げた。
 くぐもったような妙な音だったが、銃声のような気がした。
「……次元!?」
 躊躇している時間が惜しい。確証は得られなかったが五右ェ門は決め打ちすることにした。音が聞こえたと思しき方向の廊下に飛び込み、跳ぶように駆ける。

 ──5分2秒。

 しかし眼前に分かれ道が立ちはだかる。あからさまに別々の方角へ向かう道だ。選択を誤れば、恐らくもう後はない。
「次元! 返事しろ!」
 五右ェ門が怒鳴った時、二度目の銃声が聞こえた。先ほどよりも大きな音で。今度こそはっきりと方角と距離が分かった。
 そちらを目指し、全力で走る。
 ほどなくして視界が急に開けた。中庭に面した場所に出たのだ。ヒビの入った窓ガラスの向こうに色とりどりの花が見える。
 しかし、五右ェ門の目に映ったのは決して美しい景色ではなかった。
 木は折れ、地面には亀裂が走り、半透明のスライム状の物質があちこちで大きな塊を形成している。生き物ではないのか動く様子はない。これはいったい何なのだろうか。
 半ば唖然として中庭に出てみると、上から声が降って来た。
「五右ェ門!?」
 釣られて視線を上げた五右ェ門は、思わず安堵の溜息を吐いた。
「……そこにいたか」
 二階に相当する部分の壁に次元の姿があった。スライムに身体の大部分が覆われており、それによって壁面に固定されているらしい。敵の姿が見えないことを鑑(かんが)みるに、倒した後でトラップが発動したのだろうか。
 右手付近のスライムには焼け焦げたような跡があった。マグナムまで覆われていた状態で発砲したのかもしれない。よくぞ暴発しなかったものだ。警報が鳴り響く中、不穏な気配を感じて決死の覚悟でトリガーを引いたのだろう。五右ェ門は運良くその音を拾ったのだ。
「助かったぜ」
 次元が笑みを浮かべる。
「悪ィがこの気色悪いヤツをなんとかして欲──……おぉぉっ!?」
 最後まで言えなかったのは、五右ェ門がいきなり抜刀して飛び掛かったからだ。
 目にも留まらぬ速さで切り刻まれた欠片が、支えを失った次元とともに落下した。華麗に着地しようにも足場が悪い。
「ッテェ!」
 スライムクッションで不本意にバウンドした次元が、地面に転がり落ちながらぼやく。
「もうちょっと丁寧に扱ってくれねぇか……」
 五右ェ門はその身体を引き起こしてやった。気が急いているので幾分乱暴になってしまう。
「時間がないから率直に言う。逃げるぞ」
 言動で状況を察したのだろう。次元は表情を引き締めた。
「あとどれくらいだ?」
「3分54秒」
「ルパンと不二子は?」
「もう脱出したはず」
「どうやって逃げる?」
 五右ェ門は斬鉄剣を振り上げると、眼前の壁に突き付けた。
「──行くぞ」
五右ェ門に見せ場を作るために、次元が割を食ってしまいました(汗)
まぁ、こういう「非常時に危険を承知で助け合える関係」ってのも、いいもんだな〜なんて思ったり。

二組とも外に逃げるために壁を破壊しているのが我ながら笑えます。
道なりに戻ろうとしても、最短ルートを取っても間に合わないくらい、巨大施設の深部にまで来ちゃってますからねぇ…(←言い訳)

前章から同じ流れのまま続いているので、章分けした意味があまりなかったです。でも、分けないと4章が長くなり過ぎるし…(;^_^A

(2016/4/24)

≪ BACKTITLENEXT ≫
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送