「カウントダウン」 第五章 真相編
(二)筋書き
 ルパンが扉を開けると、老年の男が椅子からゆらりと立ち上がった。
「ようこそ、ルパン三世」
 手にはワイングラスを持っている。
「君ならば、きっと来てくれると思っていた」
 ルパンは大袈裟に肩をすくめつつ室内に踏み込んだ。
「よっく言うぜ。オレがここに向かう姿をずっと見ていたくせによ」
 男の背後にはいくつもの大型モニターが並んでいる。半数近くは砂嵐が映るかブラックアウトしていたが、まだ生きているモニターの内の一つに自爆装置の部屋が映っていた。室内の監視カメラから常時ライブ映像が送られて来ているのだ。
 この部屋の前にもカメラは設置されていたので、ルパンが扉に触れる前からその来訪を知っていたことは確実である。
「おっと。気が利かなくてすまんね。君も一杯いかがかな?」
 安酒でも勧めるかのような気軽さで男がワイングラスを掲げる。
「遠慮するぜ」
「それは残念だ。君の美しい彼女にも断られてしまったよ」
 何がおかしいのか男はひとしきり笑ったあと、改めてルパンの方に向き直った。
「今更だが自己紹介でもしようか。──初めまして。私がレスコット警備保障株式会社の第一研究所所長、ボリス・カパロスだ」



 建物中で騒々しく鳴り続けている警報も、扉が閉まりさえすれば室内にはほとんど届かない。
 そのせいだろうか。つい先ほどまで全く感じていなかった別の物音が、いつの間にかルパンの耳朶に響いていた。
 地面の奥底が発しているかのような、低い低い、不気味な唸(うな)り声。──そう、まるで巨大地震が起こる前触れのような。
 ルパンは軽く頭を振った。先ほどから床が僅かに揺れているような気がしていたのだが、錯覚ではなく、本当に揺れているのだ。しかもそれが徐々に激しさを増している。
 これならば、動ける人間はとうに逃げ出していることだろう、とルパンは楽観的に考えた。
 中には生真面目に職務を全うせんとしている者がいるかもしれないが、この局面で仮定の話をしても意味はない。
「危険を承知でわざわざ来てくれたのだから、相応のもてなしをせねばならんな」
「そりゃど〜も」
 ルパンが促すまでもなく、カパロスは勝手に語り始めた。
「初めは冗談のつもりだったのだよ」
 世間話でもするかのように淡々と、まるで、しゃべることこそが厚遇の証しかのように。
「私は今まで、数多くの武器や防具を入手してきた。戦場で使われている実用的な銃から、祭事用の装飾刀までな。だが、ある日突然思ったのだ。武器はあってもそれを生かしてやる場所がない、私だけの城塞が必要だ、と」
 ごく当たり前のようにそう言う。
 このテの悪役は、なんでだか自分から悪事の理由をバラすモンなんだよなァ……とルパンは内心で突っ込みを入れた。
 時間稼ぎのつもりなのだろうが、それ以上に、自己顕示欲の表れではないかと思ってしまう。
「塀はどのくらいの高さにしようか? 建物の構造は、廊下の広さは? どうせなら大掛かりな罠を仕掛けたい。それでもスパイの侵入を許してしまったら……敵に情報を渡すくらいなら、いっそ建物ごと吹っ飛ばせばいい……。妄想は自由だった。楽しかった。具体案をいくつもリストにしたためるほどにね」
「で、それをついうっかり、エルヴィスに言っちまったってワケか?」
「冗談だと言ったろう?」
 カパロスは笑った。
「実現するとはこれっぽっちも思っていなかったんだ。少なくとも、最初はな。……だがエルヴィスは本気にした。折しも新規の研究所の設立が決定した時期だったからか、私が本気で提案していると考えた。無茶だ、実現は無理だと言いつつも、企業スパイの侵入を抑止するにはそれなりの『装備』が必要だと思い込んだ」
 視野狭窄と言ってしまえばそれまでだが、それだけ研究所創立に社運の全てを賭けていたと言うことなのだろう。
(とは言ってもなぁ……。さすがにやり過ぎだろ〜に)
 抑止力として使うのなら自爆装置が本物である必要はない。その存在をほのめかしつつ、設置はダミーで済ませる。それで充分なはずだ。
 むしろ爆発させてしまった方が後々厄介なことになると、なぜ誰も気付かなかったのか。
 ルパンがあれこれ疑問点を思い浮かべていると、カパロスは楽しげに付け足した。
「レスコット会長も歯止めにはならなかった。むしろ、面白いじゃないかとけしかけられた。あの人は野心家である以上に変人でもあるからな。他人がやらないことをやるのが好きなんだ」
 それが一番の理由だと言わんばかりだった。
「……まぁ、今思うと酔った勢いで承知しただけのような気もするが……。とにかく気が付くと、設計を含めて研究所に関する全てのことは私に一任されていた」
 ──なるほど、どうりで建物内が訳の分からない形をしているわけだ。侵入者を惑わすためとは言え、いくらなんでも構造が複雑過ぎる。
(センスがねぇヤローが金と権力を持つと、やぁ〜っぱこうなるワケね)
 外装も内装も奇抜だったフォンダート邸を思い出し、ルパンは苦笑を浮かべた。
 建築分野では素人のカパロスが、そこで過ごす人間の利便性を完全に無視して好き勝手にデザインしたことで、こうなったのだろう。依頼を受けた設計士の苦労が忍ばれる。
「その結果があの柱だらけの部屋ってワケかい? イイご趣味だこと」
「非現実的な空間での闘いも、それはそれで面白かったろう?」
 ルパンのあからさまな皮肉を軽く流しつつも、しかしプロの傭兵で警備を固めたいと言う願いは却下されたと、カパロスは残念そうに付け加えた。
 力ある余所者を雇って裏切られたらどうするのか、と言うのがその理由らしい。
 自社の警備員による警備で済ませろとのお達しだったが、理想の要塞に立つ護衛の武器が特殊警棒ではあまりに情けない。上の意向を無視して社員にはコレクションの中から銃器を持たせることにし、ついでにオルランドら傭兵崩れの者たちを自費で密かに雇うことにした。刺激のないド田舎とのことで最初はオルランドにすげなく断られたが、報酬を弾み、いずれ大物の敵を呼び寄せることを約束することで、ようやく承諾を得たのだと言う。
「もっとも、彼らがその『約束』を本気にしていたかどうかは知らんがね。金に困っていたようだから、とりあえずの就職先としては悪い話ではないと思ったのだろう。私としては充分に本気だったのだが……ただ、当時はその『大物』の当てがなかっただけなんだ」
 そう言ってカパロスは豪快に笑った。
「社長は何も気付いておらんよ。そもそもこの研究所には完成時に一度来たきりだからな」
「だろうな」
 ルパンは訳知り顔で頷く。
 自爆装置や様々なトラップがあると知った上でわざわざ何度も訪れる人間など、そうはいないだろう。エルヴィスはあくまで一般人なのだ。
 だがそれを持ち出すまでもなく、エルヴィスがこの砦──カパロス曰く城塞──にほとんどやって来ないことは分かっていた。なぜなら、今二人がいる部屋が設計図面上で『社長室』と記されているからだ。
「社長が来ねぇからって、よくもまぁ、大胆に改造したモンだぜ」
「空き部屋の有効活用術だよ。普段ここには清掃員も入らんからな」
 そう言って、カパロスは椅子の背に体重を預けた。肘掛付きの立派な椅子だ。元々は社長用として購入された物なのだろう。
 今はもう、とても単なる執務室とは呼べはしまい。壁一面に大型モニターが設置され、床にはショーケースが整然と並べられている。ケース内は空(から)だが、個々のプレートには銃器の名前が書かれているので、つい最近までそれらが納められていたのだろう。軍事施設の司令部と博物館が一体になったような異様な光景である。エルヴィスが見たら卒倒するに違いない。
 カパロスはグラスをあおった。残りのワインが喉の奥に消えていく。
 グラスをサイドテーブルの上に置き、改めてルパンに向き直った。
「さて。そろそろ動機の話でもしようか」
「聞いてやってもいいぜ」
「期待に添えなくて申し訳ないが、理由としてはとてもシンプルな物だ。すなわち、この自爆装置を実際に動かしたらどうなるのか、という興味だ」
「アンタ自身は死ぬ気だったワケじゃねぇんだろ?」
「……ほぅ。気付いていたか」
 カパロスは感心したかのように目を見開いた。
「爆発ショーを最後まで楽しむためには、巻き込まれて途中で死ぬわけにはいかん。死んだら好きな物を愛でることもできなくなるしな」
 と言って脇にあるショーケースに目をやるが、生憎中身はない。カパロスは何食わぬ顔で視線を戻した。
「筋書きとしては、こうだ」
 ──まずは、企業スパイである峰不二子を尋問のために監禁。
 仲間であるルパン三世が救出のために研究所内に侵入。
 傭兵部隊やジョルジオが迎撃。この際、カパロスは社長室にてそれを見守る。
 追い詰められたルパン三世が自爆装置に発砲、研究所が爆発する。
 不穏な気配を感じていたカパロスは、既に脱出済みだった──。
「おい!」
 計画を聞き、ルパンは口を尖らせた。
「オレはそんなヤケ起こさねぇぞ。だいたい不二子ちゃんだって、一応真面目な取引のつもりだったんじゃあ……」
「分かっているさ。実情はどうでもいいんだ。あとでどうとでもこじつけできる」
「そう上手くいくモンかねぇ」
「大衆が求めるのは真実ではない。ドラマチックなストーリーだよ。尾ひれの付いた噂話が真実から剥離するのはそう珍しいことではないさ。その点で言えば、渦中の人物として君たちほど打って付けの人材はいまい」
「お褒めの言葉ありがとさん」
 その結果が爆死一直線である。これほど嬉しくない賞賛の言葉もないだろう。
「どういたしまして」
 カパロスはニヤリと笑って続けた。どことなく得意気である。
「峰君からコンタクトがあったと聞いた時には驚いた。私は銃器の密輸を通して裏社会とはそれなりに繋がりがあったからね。峰不二子と言う女盗賊がルパン三世と懇意であることは知っていた。彼女を上手く使えば、君をここに誘き寄せることができると思ったんだ。つまり、オルランドたちとの約束を果たせる上に、私は自らの好奇心を満たすことができる。──空想の産物だった計画が動き出した瞬間だよ」
 その言が正しいとすると、三週間前に不二子がカパロス側と連絡を取った時点で、カパロスは研究所の爆破を決心してしまったわけだ。
「ふ〜ん……」
「納得いかないかね?」
 ルパンはカパロスの目を真っ直ぐに見返した。
「弾を込めたのは不二子かもしんねぇけどよ。最終的にトリガー引くのを決意した理由は、ソレじゃねぇよな?」
本当は次話と併せて1回分でしたけど、長過ぎたので分けました。

社長と会長の丸投げ感が凄い!(爆)
カパロスが優秀かつ変わり者なことは元から承知しているので、好きにやらそうと思ったのかもしれません。かなり強引な言い訳だけど。
よく考えると、ネットも電話も繋がらない山中に研究所を作ったって、情報のやり取りに時間が掛かるし、普通はデメリットの方が大きいんじゃないかな……。
……まぁ多分、所長室では衛星通信が使えるのでしょう(適当)

(2016/5/15)

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