「カウントダウン」 第五章 真相編
(三)私の城
「『自爆装置が起動するのを見たかった』? 『不二子から最初に連絡があったとき利用できると思った』? そりゃただの言い訳だろ」
 ルパンは確信を持って言い切った。
 カパロスは顔色を変えずに黙って聞いている。
「嘘だとは言わねぇ。前々から計画があったってのも本当なんだろう。……だがよ、アンタが本気で何もかもを吹っ飛ばす決意をしたのは……後戻りできねぇ境地に辿り着いちまったのは、そんな前のことじゃねぇ。ここ数日のことだ」


 ──あの日、フォンダート邸で、ルパン三世一味は華麗なる盗みを働いた。
 レスコット警備保障が誇る、最新鋭のセキュリティーシステムを破って。
 厳密に言えば、最新鋭のセキュリティーシステムを『応用した』システムだったのだが、それは顧客にとっては些細な問題だろう。信用して警備を任せていたことに変わりはないのだから。
 しかし護りは突破され、親の形見である宝石を盗まれた。フォンダートが激怒して抗議したとしてもおかしくはない。
 世界的大企業であるレスコットグループとて、フォンダートほどの資産家の意見は無視できないだろう。
 結果として、セキュリティーシステム構築の責任者であるカパロスが責任を負うこととなったのではないか。──ルパンはそう予想していた。


「おおかた所長の任を解かれたとか、そんなトコか?」
「ご名答」
 カパロスはあっさり肯定した。
「処分は降格及び本社研究部への異動だと言われた。そのうち正式な辞令が出るだろう」
「どっちにしろ、アンタはこの砦のヌシじゃなくなっちまったってぇワケだ。アンタにとって、それ以上の理由はねぇんじゃねぇの?」
 疑問形ではあるが確認しているわけではない。ルパンは既に確信している。
「確かに、私にとって一番ゆゆしき問題がそれだ。この施設を……私が一から作り上げた、私の城を、他の人間に明け渡さないといけないのだ。それを黙って許容できるほど私は人間ができていない」
 淡々と言って、カパロスはさも心外だと言わんばかりに深く息を吐いた。
 当然ながらこの研究所はカパロスの私物ではない。設備や警備に私財を投じてはいるが、それらは会社からの命令によるものでもない。そもそも会社は把握していまい。
 完全に手前勝手な理屈だ。
「自分でぶっ壊すのは良くて、他人が居座るのはダメってかぁ? イカれてやがるぜ」
 ルパンが呆れた口調で言うと、カパロスは薄く笑った。
「そうかもな」
 正気を失っているようには見えないが、常識的な判断ができているわけでもない。なまじ一分野で頭角を現したせいで地位と金を手に入れてしまった、それを利用して好きな物を集めていくうちに、欲望に対する歯止めが徐々に利かなくなってしまったのだろう。
「オレを誘き寄せられたら、自爆はオレのせいにできる。全部吹っ飛んじまうから、新たな所長に砦を乗っ取られることはねぇ。好き勝手に改造しまくった証拠も残らねぇ。アンタは自爆の瞬間を見ることができるし、オレに復讐も──」
 と言い掛けて、ルパンはフォンダート邸での出来事を思い出した。
 宝を返せと迫る銭形と、こんな会話を交わしたのだ。
 ──『不二子ちゃんにプレゼントして、イイコトするつもりだったのにぃ』
 ──『これからお前の相手をしてくれるのは峰不二子じゃない』
 つまり、周囲にいた人間は『ルパン三世が峰不二子のために盗みに入った』ことを知っている。マックス・フォンダートがクレームを入れた際に、その話がカパロスにまで伝わったとしてもおかしくはない。
 だとすれば、実際にセキュリティーを破ったルパンだけではなく、その原因となった不二子に対しても少なからず思うところがあるはずだ。たとえ、商談の話が出た時点では恨みを抱いてなかったとしても、事実を知ってしまえば囮として使うことに何の躊躇も生じなかったに違いない。
「……いや、オレと、不二子にも復讐もできるってワケか。一石五鳥だよな」
「もう一つある。君たちの闘いを堪能できたことだよ。一石六鳥だ」
「あ、そ」
 そのせいで少なからずの人間が死んだはずなのだが、カパロスにはいっこうに気にする様子は見られなかった。彼にとって部下とは、兵士とは、高揚感のあるバトルを見せるための駒にしか過ぎないのかもしれない。
 傭兵団だけならまだしも、笹野のような一般社員をも自爆に巻き込もうとしたことについて、怒りを感じないと言えば嘘になる。普通は、裏社会に精通する者ほどカタギの人間には手を出さないものなのだ。暗黙の了解と言って良いだろうか。だが、それを指摘したとしても暖簾に腕押しになりそうな気がする。
 ルパンはわざとらしく溜め息を吐いた。
 第一、計画通りに事が進んだとして、そのあとはいったいどうするつもりだったのだろうか。
 研究所崩壊の責任を取るつもりがないのなら、きっと生死不明のまま行方をくらます予定だったのだろう。
 しかし、どこかで隠居するにしても、研究所の改造や武器の収集、及び傭兵への報酬で、既に膨大な金を使ってしまっているはずだ。元々高い給料をもらっていたのだろうが、この先悠々自適に暮らせるほどの余裕が残っているとはとても思えない。
(……要するに、目先の夢が叶うなら、自分の将来も他人の命もどうだって良かったってこったよな……)
 ルパンとて享楽的な部分がないとは言えないが、さすがにここまで突き抜ける気にはなれない。考えなしの行動のツケは、いずれ自ら必ず払う羽目になることを知っているからだ。
 そんなルパンの様子を面白そうに見ていたカパロスは、ふと思い付いたかのように言った。
「それにしても……私の予想では、君がここに到達するのはセキュリティー監視室に寄ったあとだと思ったのだがね。真っ直ぐ向かって来るものだから驚いたよ」
「ちぃっとばかし頭を働かせりゃ分かるこったろ」
 ルパンはそれ以上の説明はしなかった。
 カパロスほどの気合の入った軍事オタクが、他の警備員が出入りするモニタールームで満足するはずがない。また、所長の立場上、そういう場所で長居をするわけにもいかない。だから、誰にも邪魔をされずにモニタリングできる場所を必ず作っているだろうと思っていたのだ。
 だから設計図面で社長室を見たときにピンと来た。もし自爆装置の部屋にカパロスがいなければ、きっと社長室にいるだろうと考えた。
 所長室からの近さと言い、広さと言い、恐らくエルヴィスが来ないだろうことと言い、他の者に気付かれずに改造及び使用するにはもってこいの場所だったからだ。
「そうか……さすがはルパン三世と言うべきか。おかげで計画が狂ったよ。君がここに来る前に脱出するつもりだったのだがね」
 カパロスはおもむろに懐に手を入れた。引き出したときには小口径の短銃が握られていた。
「よしなよ」
 余裕な態度を崩さずに、ルパンがカパロスを見詰め返す。
「素人相手に真っ向勝負で負けるようなオレサマじゃねぇぜ」
「分かっているさ。だが、黙って君と心中するのも癪に障るのでな」
「そりゃお互い様だろ」
「当初の計画では、君にこうして銃を向けるのは、私ではなくオルランドだったはずなのだが……」
「世の中、そうそう思い通りにはいかねぇモノさ」
「君もそうかね?」
「いんや。オレは思い通りにしてきたぜ」
 全く思い通りにならない不二子のことはさておき、ルパンはニカッと笑って胸を張った。さぞや堂々としているように見えるだろう。
 その時、天井からパラパラと粉が降って来た。
 カウントダウンが進み、徐々に崩壊の時が近付いて来ているのだ。振動もますます激しくなっている。もはや真っ直ぐ立つことも難しい。
 トリガーに指をかけつつも、カパロスは引こうとはしない。何かを待っているのように会話を続けようとする。
「いかんな。つい話に夢中になってしまった。時間はさほど残っていないが、聞きたいことがあるのなら何でも答えようじゃないか」
 ルパンはチラリと時計を確認した。

 ──残り時間、3分43秒。

「言っておくが、今から外に逃れるのはもう無理だ。諦めた方がいい」
「アンタだってそうじゃねぇか。その余裕は覚悟の表れかい?」
 ルパンが尋ねるとカパロスは一瞬目を泳がせたが、何事もなかったかのように視線を戻した。
「あぁ。……私の城と共に滅びるのも、悪くはない」
「んじゃ、お言葉に甘えて質問するぜ。笹野……誰っつったっけ。え〜と、笹野亮介を実家に帰したのも計画の内だったのか?」
「ほぅ……。ではつまり、君たちはそこから情報を得たのだな。……実を言うと、上手く行く確証はなかった。ただ、石川五右ェ門が彼の実家近くに滞在していることを偶然知ったのでな。使えるものなら使おうと思ったまでだ。君ならば、恐らく違うルートからでもここに辿り着いただろう」
「さてね」
「そう言えば、私の日記や自爆計画書は目にしてくれたかね?」
「どっちもダミーじゃねぇか。わざわざそんなモン用意したのは、自爆計画の存在を明らかにしつつも、まだ時間には余裕があるとオレらに錯覚させるため……ってトコか」
「あぁ。正しいカウントを知った時の君たちの様子は、モニター越しとは言え、なかなか見ものだったよ。かのルパン三世でも慌てふためくことはあるのだな、と」
 挑発にも取れるカパロスの言を聞き、思わずルパンはムッとする。
「オレは別に完璧超人を目指してるワケじゃねぇよ」
「他者の抱くイメージと本来の姿は違って当然だろう。その貴重な本来の姿を拝ませてもらえたのだから、私は幸運な人間だ」
「……へ? そーゆー話なの?」
「まぁ、私としては、気付かないまま吹っ飛んでくれた方がありがたかったのだがね」
 ルパンの反応などお構いなしに、カパロスは話を続ける。
「君にもう一つ訊きたいことがある。彼女がいる部屋に向かう時、なぜ最初からマシンガンを使わなかった? 連射できる武器を使った方が効率が良かっただろう。現に君は、多少なりとも傷を負っている」
 ルパンは自分の身体を見下ろした。
 確かに何ヶ所かに火傷を負っている。
 特に考えた末での選択ではないのだが、ルパンは格好付けて答えることにした。
「ギリギリまでワルサーで事足りると思ったからさ。無粋なヤツに頼るのは、最後の最後で構わねぇだろ?」
「なるほど、それが君なりの美学か。やはり闘いに命を懸ける者の意見は違う。武器を等しく愛でるだけの私には辿り着けない境地だ」
「命を懸けてるつもりはねぇぜ」
 勝算があったからやったに過ぎない。怪我の一つや二つで慌てるほどヤワな精神は持っていないのだ。
 訝しげな表情でカパロスが尋ねる。
「じゃあ、なぜ今ここにいる? 真のカウントダウンを知ったあとで。それこそ命懸けではないか」
「誰にだって譲れねぇモンがあるだろ」
 柄にもなく大真面目な声音で言い、ルパンはショルダーホルスターからワルサーを引き抜いた。
 射撃場の的にしか当てられない素人であっても、恐らく外さないであろう微妙な距離感。撃ち合えば、双方ただでは済むまい。
 照準越しに視線が交差する。
 カパロスは静かに頷いた。
「……同感だ」
 束の間、時が止まったかのようだった。
 微動だにしない両者とは対照的に、建物の揺れが更に大きくなっていく。
「──わっ」
 突然、頭上の電灯が音を立てて割れた。壁に入った亀裂の影響だろう。
 それを好機と捉えたのか、ルパンが破片を払い除けた隙にカパロスの片足が動いていた。一歩前に出てカーペットの上からある一点を強く踏み付けたのだ。何らかのスイッチがあったらしい。
「君はそこで爆発の瞬間を待つがいい!」
 カパロスが言い終える前に、既に仕掛けは発動していた。

 ──残り時間、1分。
あからさまな説明回です…。
せっかくラスボスが出て来たっつーのに、バトル描写もないとは!(バトれるキャラじゃないし…:;)

社長室は自爆装置部屋からそれほど離れていない場所にあるので、前話の冒頭の時点ではまだ7分近く余裕があります。
時間が前後しまくってスミマセン。
次話でも時間が多少戻ります。
そもそも、たった数分でこんなに喋られるものなのだろうかと言う疑問が…!(笑)

(2016/7/6)

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