「カウントダウン」 第五章 真相編
(四)フルカウント
 銭形が研究所に到着した時、辺りは既にただならぬ気配に包まれていた。
 私服の者、白衣を着た者、料理人らしき者、迷彩服を纏った者──様々な人間が蜘蛛の子を散らすかのように建物から排出されている。
「なんだ!? いったい何があった!?」
 手近な人間を捕まえて銭形が詰問すると、皆一様に首を横に振った。
「よく分からないんです。突然警報が鳴って、地面がグラグラ揺れ始めたから……」
 確かに、地響きに混じって甲高い警報音が聞こえる。
「いつから?」
「さぁ……。もう5分以上経つとは思いますが……」
 地震にしては揺れが長い。人為的なものかもしれない。
「火薬……? 何らかの仕掛けが働いているのか……?」
 そこに地元の警官たちが駆けて来た。
 パトカーが停車するなり銭形が飛び出したので、後れを取ったのだ。
「銭形警部! これは何の騒ぎですか!?」
「分からん。だが危険だ! 人々を誘導しろ! ここから離れるんだ!」
「な、中はどうしましょう!?」
 若い警官の一人が動揺した様子で言った。
 建物はあからさまに不穏な雰囲気を醸し出している。これから何が起こるか分からない。そこに突入しなければならないのだとしたら、怖気づくのも無理はない。
 銭形は、今まさに内部から出て来たばかりの警備員らしき人に駆け寄った。
「中に人は? 取り残されている者はおらんか?」
「わ、分かりません。でも、外に出ろってアナウンスがあったから、ほとんどは逃げたんじゃないかと……」
 建物の周りにいるのは健常者ばかりではない。逃げる際に怪我でも負ったのか、足を引きずったり他人に肩を預けている者たちもいる。
 少し迷ってから、銭形は警官たちを振り返った。
「お前たちは彼らを誘導──」
 言い終える前に外塀が大きく傾いだ。
 一瞬間を置いてからゆっくりと外側に向かって倒れ込み、舞い上がった砂塵により視界が悪くなる。長期に渡る揺れの影響で根元から折れてしまったのだ。
 あちこちから一斉に悲鳴が上がった。
「いかん! パニックになるぞ!」
 銭形は警官らを叱咤すると、人々の間に飛び込んだ。
「皆落ち着け! 警察だ!!」
「落ち着いてください! そう、慌てずにこちらへ!」
 避難誘導を警官たちに任せて、銭形は玄関をくぐってみた。エントランスや廊下の壁にも無数のヒビが走っており、いつ倒壊してもおかしくはない。揺れが大きく、真っ直ぐ立つことすら難しい。ここは危険だ。それは分かっている。分かっているのだが──
「えっ? 銭形警部っ!?」
「お待ちください!!」
 複数の静止の声を振り切って、銭形は奥に向かって全力で駆け出した。突然の出来事で付いて来れた者は誰もいない。それでいい。危険は承知の上だ。
 走りながら考える。
(ルパンのヤツ、何をやってやがる……?)
 ルパンの足取りを追ってハイデゴールに入ったあと、銭形は地元警察の手を借りて聞き込み捜査を始めた。
 成果はあった。峰不二子と思われる女の情報と、彼女を追っているらしい男の情報が手に入ったのだ。
 二人が向かった先もすぐに分かった。地元民たちが嬉々として教えてくれたからだ。
 さっそく当の建物に電話をかけたが、なぜか繋がらなかった。
 ──間違いない。ルパン三世はその研究所にいる。
 確信した銭形は、一度地元の警察署に戻って人員を確保してから、こうやって乗り込んで来たのだった。
(この地震を起こしているのはルパンか? それとも、別の人間か?)
 先ほどの避難者の中には、所長のボリス・カパロスの姿はなかった。
 側近を自称する人物の話によると、人払いをしてここ一時間ほどどこかに引きこもっていたらしい。
 ──ルパンと会っていたのだろうか?
 可能性はある。しかし、それとこの地震がどう結び付くと言うのか。
 銭形は眉をひそめた。そもそも、ルパンがこの研究所に何をしに来たのかが不明なのだ。
 不二子を追って来たことは分かっている。地道に情報収集して追跡しているので、彼女との合流の約束があったわけではないのだろう。──だとすると、ルパンの目的は研究所に眠るお宝ではない。
(狙っているのは、不二子そのもの……? あの女の身に何かあったのか……?)
 有り得ない話ではない。ルパンにまつわるあらゆるトラブルは、大抵不二子が発信源だからだ。
(不二子が何かを仕掛けたのか? それとも、カパロスが不二子に何かしたのか……?)
 どのみちカパロスは渦中の人物である。まずは彼を見付け出すべきだろう。
 ルパンは必ず、その近くにいる。


 考えながら走ったのが悪かったのだろうか。銭形は行き止まりに行き付いてしまった。
 元より侵入者を惑わすため複雑な造りになっている砦である。部外者が案内もなしに目的地にまで辿り着くのは容易ではない。
 銭形は仕方なく、手近な窓を強引に破って──窓枠が歪んで開かなかったのだ──外に転げ出た。
 カパロスがいると思しき所長室は建物の中心部にある。これではなかなか近付くことができない。
「……くそっ。ふざけた研究所だ」
 思わず毒づいた時、騒音に混じって聞き覚えのある声が耳に届いた。
「なによ! じゃあ、アタシに残れって言うの!?」
 植込みの向こうに複数の人間がいるらしい。考える間もなく銭形はそちらに向かった。
「ンなこと言ってねぇだろ。オレだったらの場合だ」
「肝心な時に遊んでたのは貴方の方じゃないの!」
「こっちはこっちで事情があったんだよ!」
「二人ともいいかげんに黙れ。気が休まらん」
「一番労わらなきゃならないのはアタシでしょ! ……あらヤダ、銭形警部じゃないの」
 きょとんとした表情でこちらを見たのは、件(くだん)の峰不二子であった。
 横にいるのは次元大介と石川五右ェ門。三人とも服装は薄汚れている。
 カパロスについて尋ねようとした銭形だったが、口を突いて出たのは姿の見えない『もう一人』のことだった。
「ルパンはっ!? ルパンはどうしたっ!?」
 次元の襟首に向かって伸ばした両手はさらりとかわされてしまった。
「ヤツはまだ中にいるのかっ!?」
「とっつぁん、ツバ飛ばさねぇでくれよ」
 辟易しながら後退した次元に代わって、不二子が口を挟む。
「まだ中よ。さっきアタシと別れたところだから」
「なにィ!? 置いて来たのか!?」
 銭形が言うと、不二子は俄かに機嫌が悪くなった。疲労で苛立っているようにも見える。
「人聞きの悪いこと言わないで! ルパンが自分で残ったのよ。用があるって」
「用ってアレだろ、どうせカパロスを探しに行ったんだろ」
「確かに決着を付けねばならぬ相手ではあるが……。優先順位を間違えてはいまいか」
 二人の間にどんな因縁があるのかは分からない。
 気にはなるが、銭形が目下のところ一番初めにしなければならないことは、現状把握である。
「この地震はいったい何なんだ。所長のカパロスはどうした? 避難者の中におらんぞ」
「自爆するつもりらしいぜ」
 次元の答えは簡潔だった。簡潔過ぎて何が何だか分からない。
「自爆!?」
「あぁ。あと30秒程度しかねぇから、もっと離れた方がいい。爆発の規模が分からねぇしな」
 切迫した内容とは裏腹に、次元の態度は落ち着いている。
 楽観しているわけでも諦めているわけでもない。ただ、こういう危険な状況に慣れているだけなのだ。彼らは焦って判断を誤るような素人ではない。
 だからこそ、銭形は気になる。
「ちょっと待て。ルパンを放って逃げる気か」
 次元らは顔を見合わせて束の間黙り込んだ。
「とっつぁんの言いてぇことは分かるが……」
「だって、ルパンが逃げろって言ったのよ」
「アイツが決めたことだ。今更どうしようもねぇだろ」
「ルパンとて残り時間のことは把握している。信じるしかあるまい」
「しかしだな──」
 銭形は途中で口をつぐんだ。ズン、と、これまで以上に大きく地面が揺れたのだ。
 バランスを崩しかけたものの、辛うじてその場で踏み止まる。
 正面玄関の辺りから複数の悲鳴が上がった。
 避難者や警官たちは無事だろうか。いや、それよりも──
「いかん。走れ!」
 五右ェ門が上げた声に反射的に従って駆け出しながら、銭形は背後を振り返った。
 外壁に大きく亀裂の走った建物の姿が目に入る。
「あと8秒」
 先を行く次元がカウントを始める。その声が掻き消されてしまいそうなほど地鳴りの音が大きい。

「……5」

 ──これは、まずいのではなかろうか。

「4」

 前兆が激し過ぎる。

「3」

 相当爆発の規模が大きそうだ。

「2」

 だとすると、中にいる人間は──

「1」

 銭形は思わず立ち止まってしまった。

「ちょっと! 危ないわよ!」
「ゼロ」

 不二子の叫び声と次元の静かな声が重なる。


 ──その瞬間、激しい爆発音が辺りに響き渡った。
爆発しない自爆装置なんて、出す意味がないよねっ!!\( ⌒▽⌒ )/

(2016/7/20)

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