「カウントダウン」 第五章 真相編
(五)集結と終結
 濛々と立ち昇る黒煙の中、半壊した巨大な施設が衆目にその無残な姿を晒していた。
 完全に崩れ落ちたのは中心部のみのようだが、残された部分の損傷も激しい。調理場の辺りから火の手も上がっている。もはや研究所としての再建は難しいことは誰の目にも明らかであった。

「おい、大丈夫か」
 身体を起こしつつ、次元が言った。
 警報音は既に止んでいるので大声を出さなくても声が通る。
 近くで同様に身を伏せていた五右ェ門と不二子も立ち上がった。
「無論」
「大丈夫よ」
 爆風に乗ってコンクリート片がバラバラと降って来たが、爆心地から離れていたお蔭でさほどの傷は負わなかった。衣類は更に痛んでしまったものの、問題ないと言い切って良いレベルだ。
「逃げ出してからこう言うのも何なんだけど……本当に本気だったのね、カパロスのヤツ」
 不二子がスカートの埃を払い落しながらつぶやいた。
 五右ェ門も頷く。
「うむ。ルパンを呼び寄せるために謀(たばか)っただけだと思いたかったのだが」
「なんでそれにアタシが巻き込まれなきゃならないのよ」
「知っていたのだろう。お主を使えば必ずルパンは来ると」
「ふざけた話だわ」
 迷惑そうに言い捨ててから、ふと思い付いたかのように不二子は首を傾げた。
「でも、そのカパロスはいったいどうなったのかしら」
 さきほど銭形はカパロスの居場所を訊いて来た。避難者の中にいなかったのだと言う。
 最後に対面した時の記憶が不二子の脳裏によみがえる。
 カパロスは表面上はごく普通の態度だった。しかし内心で生きることをとうに諦めていたのだとしたら、最初から死ぬ気で所内に籠っていたとしてもおかしくはない。
 つまり、ルパンが来るのを待ち受けていたのではないか。あの世へと道連れにするために。
「案外、既に遠くに逃げ出していたりしてな」
「なによそれ」
 茶化す次元に冷ややかな視線を投じ、不二子は溜息を吐いた。
 敵を罠にかけ、自らは安全な場所に退避する──それもまた充分有り得る話だ。
「もしそうだったとしたら、見付け次第ぶん殴ってやるわ」
「殴るだけで済むとは思えねぇが」
「当然でしょ。アタシをコケにしたこと、存分に思い知らせてやらなきゃ」
「怖ぇ女だ」
「あのねぇ、次元。自業自得って言葉知ってる?」
「オメェにそっくりそのまま返してぇ言葉だな」
「今回の件はアタシのせいじゃないでしょ! むしろアタシは被害者なんだから」
「どうだかな。どっかで知らねぇうちに、カパロスの恨みでも買ってたんじゃねぇのか」
「馬鹿言わないで。第一、アイツ、そんなこと何も言ってなかったわ」
「そうか。そりゃ良かったな」
「ちょっと。ちゃんと謝りなさいよ」
「オメェが日頃の行いを悔いるのが先だろ」
「何の話よ」
「……お主ら……」
 五右ェ門が呆れた様子で何かを言い掛け、口をつぐむ。そこで会話が途切れた。
 他愛もない雑談を続けていたのは、真っ先に話すべき話題から目を背けるためである。しかし、放置しておくわけにもいかない。
 不二子は意を決して口を開いた。
「ねぇ……ルパンは?」
 次元と五右ェ門は無言で研究所のなれの果てを双眸に納めている。それぞれ思うところはあるが、それをまだ口に出したくはないのだ。
 ただし、不安な時間はそう長くは続かなかった。
 背後から突然陽気な声が響いたからだ。
「おぉ〜。お前らこんなトコにいたのか」
 言わずと知れたルパン三世である。
 パッと振り向いた不二子は、駆け寄るなり片手を振り上げた。
「うわっと! 不二子ちゃん、タンマ! タンマ!」
「言ったでしょ。あとで引っ叩くって」
 平手打ちは見事に回避されてしまったが、不二子は満足気に微笑んだ。
「……んもう。無事だったのなら、さっさと出て来なさいよね」
 ルパン三世ともあろう者が勝算もなく危険な場所に残るとは思えない。──頭では理解していても、生死不明の状態だと疑心暗鬼に陥ってしまうのは、人として無理からぬ反応だろう。次元らもおそらくそうだったに違いない。
「いやぁ、オレもいろいろと大変だったのよコレが」
 ルパンは大袈裟に顔をしかめたが、全身が全く煤(すす)けていないところを見るに、爆発には巻き込まれなかったようだ。
 次元はそんなルパンをまじまじと観察したあと、不審げに言った。
「ルパン。オメェ、カパロスを探しに行ったんだよな?」
「おぅ」
「いったい何があった?」
「それがな──」



 カパロスが作動させた仕掛けは小型の脱出装置だった。
 足元の床が昇降台になっており、地下へと逃れる仕組みだ。
 床の蓋はすぐに閉まるので、事前に仕掛けの存在を知っていなければ対応することは不可能だっただろう。
 ──しかし、ルパンは『分かっていた』。
 知識があったわけではない。様々な条件から推測していたのだ。
 油断を装ってカパロスに仕掛けを作動させ、閉まりかけた蓋を小道具を使って途中で止め──頑丈な蓋も、身体が擦り抜ける隙間さえあればなんの脅威でもない──、即座に後を追った。
 下降する台に飛び降り、カパロスの隣に立ったのだ。
「馬鹿な! なぜ付いて来れる!?」
 目を見開くカパロスに、ルパンは笑ってみせた。互いの右手には銃が握られたままである。
「どうせ、こんなこったろ〜と思ってたぜ」
「なぜ分かった? 私が最後まで逃げる気だと」
「建物の構造を見りゃ分かるさ。そこら中が監視カメラだらけで大掛かりなトラップもある。こんだけ好き勝手に手を加えてるんだから、中心部から外に逃れる秘密の通路があったって何もおかしくねぇよ」
「それだけで……」
「爆発の前兆現象も長過ぎるぜ。いかにも『これから何かが起きる』って感じだもんなァ」
 研究所全体の振動はだいぶ前から絶え間なく続いている。もう5分以上経過しただろうか。
 様々な場所に取り付けられているだろう全ての爆発物の起動には、それなりに時間がかかるはずだ。しかし、この振動が起動に伴う物だとしても、いくらなんでも長過ぎる。
「ヒマがなかったからプログラムの確認はしてねぇけど、おおかた自爆の信憑性を高めてオレらを焦らそうとでも思ったんだろ。アンタにとっちゃ、プログラムの改変なんてお手のモンだろうしよ」
「……緊張感が欲しかったんだよ。問題に真剣に取り組む君たちを見たかった」
「オレはいつだって大真面目だぜ」
 と、ふざけた声でルパンが言った。
「『自爆装置』表記入りの設計図が簡単に手に入ったのも、よく考えると怪しいんだよなァ。閲覧制限は掛かってたけど、フォルダ自体は分かりやすい階層に置いてあったし。本気で隠す気なかっただろ? ──それと、もひとつ」
 ルパンはわざとらしく人差し指を立てた。
「ショーケースがカラだったってのが駄目押しだったな」
 大切なコレクションを事前にどこか他の場所に移しておき、自分は研究所内に残る。……あの場では計画が狂ったので逃げるのを諦めたなどと言っていたが、カパロスはきっとギリギリまでバトル鑑賞をするはずだ、そのためには逃げる手段を必ず用意しているはずだ、と改めて確信したのだ。
 ちなみに、その手段が「地下への脱出」である可能性が高いことも、あらかじめ推測していた。言うまでもなく柱の部屋で落とし穴に落ちたからである。あれだけ深い穴を掘る技術と財力があったのだから、爆発の影響のない場所に地下通路を作るくらい造作なかったことだろう。
「なるほど……。計画は完璧だと思ったのだが、自分では分からんものだな」
 カパロスが重々しく言った時、下降中だった昇降台が音もなく静止した。目的地に着いたのだ。
 扉が開くなりルパンはひょいと台から降りた。
 そこは煉瓦造りの二十畳ほどの広い空間だった。対角線上には奥へと続く細い通路がある。どこから電気を引いているのか小さなライトがいくつか設置されており、視界をぼんやりと照らしている。
 空気は悪くはないのできちんと換気もされているようだ。
「へぇ〜。しっかり造ってあんのな。どんくらい下なんだ?」
 観光客のような気楽さで周囲を見回していると、カパロスも続いて床に降り立った。
「およそ地下10階の深さだ。この山は死火山だから何の心配もいらん」
「ンなコト訊いてねぇけど……。爆発は防げるのか?」
「机上の計算では──」
 とカパロスが言ったところで、地響きと共に激しい振動が伝わって来た。体感で震度5以上の衝撃はあった。
 ついにカウントがゼロになり、研究所が爆発したのだ。
 突如昇降台が音を立ててひしゃげた。遥か上の床蓋が爆発の影響で剥がれ落ち、勢いよく昇降台の天井にぶち当たったのだ。
 続いて、壊れた昇降台の扉の隙間から爆風が吹き込んで来る。しかし地下室自体には何の損傷も見受けられない。
「──見ての通り、防げたようだ」
「ならいいや」
 埃を手で払いつつ、揺れが止まったのを見計らって通路に向かって歩き出そうとしたルパンを、カパロスが引き留める。
「ちょっと待て。これからどうする気だ」
「どうって、上に戻るに決まってんだろ。こっから行けるんだよな?」
「……私を見逃す気か?」
 ルパンが振り返ると、カパロスが不可解な面持ちで見返していた。
「そりゃまぁ、爆発を止められるんならアンタぶっ殺してでも止めようと思ってたけどよ、こうなっちまったらもうしょーがねぇだろ。不二子ちゃんを監禁したのは許せねぇが、ここでできる『罰』なんて知れてるしな。あとはテメェの裁量で今後どうするか考えな」
「……」
「ただし──」
 スッと眼光を鋭くし、ルパンは片頬を引き上げて口元だけに笑みを浮かべた。仄かな灯りが陰影を生み出し、形容しがたい凄みを生み出している。
 怖気づいたようにカパロスが一歩後ろに下がった。
「オレサマは神サマ仏サマほどは心が広かねぇんだ。次にオレら……不二子に手ぇ出してみろ、ただじゃおかねぇ」
 言いたいことだけ言い切ったとばかりに、ルパンは敵に背をさらして歩き出した。
 その足が不意に止まる。
 背後に向けたワルサーからは硝煙が立ち上っていた。
 銃口を真っ直ぐにこちらに向けてトリガーを引こうとしたカパロスは、その瞬間に急所を狙撃されてあらぬ方向に弾を飛ばしつつ、音を立てて仰向けに倒れた。既に事切れている。
 今際の際にその虚ろな瞳に映ったのは、己が城の崩れゆく様だろうか。
「だから言ったのによ」
 ──本気で敵対する気ならば容赦はしない、と。
 物言わぬ死体を一瞥し、ルパンはその場を離れた。心は既に地上へと向かっていた。



「──つーワケよ」
「なんだ、また随分と情けをかけてやったもんだな」
 ルパンが話し終えると、次元が意外そうに言った。
「そっかぁ?」
「有無を言わさずふん縛って引っ立てて来るかと思ったぜ」
「そうよ」
 不二子がわざとらしく拳をポキポキ鳴らすふりをしながら、実に残念そうに言う。
「アタシも思い知らせてやりたかったのに」
「まぁまぁ。結果的に、オレが不二子ちゃんの分までやり返してやったからさ」
「でも、最初はカパロスを殺す気はなかったんでしょ? なんでわざわざ会いに行ったのよ」
「だってよ、会ったこともねぇヤローに翻弄されたんだぜ? 一度そのツラ拝んでやろうと思ったワケよ」
「馬鹿ねぇ。そんなの逃げてからで充分じゃないの」
「ごもっとも」
 適当に返事しつつ、ルパンは肩をすくめた。
 元よりカパロスを無罪放免にするつもりはなかった。己がいかに身の程知らずかを思い知らせてやりたかった。身勝手な行いを心底後悔させたかった。
 だから事態が終息してからではなく、あえて騒動の渦中に接触したのだ。その方が、格の違いをより見せ付けることができるから。
 結果的にはその行動がかえってカパロスを追い詰めてしまったが、さすがに反省する気は全くない。
「まぁいいじゃねぇか。こんだけ騒ぎになったんだ、あとは警察に任せときゃ勝手に色々暴いてくれるだろ」
「……あ」
 五右ェ門が急に辺りを見回した。
「警察と言えば、銭形はどうなったのだろうか」
「げ。とっつぁん来てたんか」
「あぁ、爆発が起きるまでは近くにいたのだが──」
「ルパァァァァァン!!!」
 五右ェ門の声と第三者の大声が重なった。
 瓦礫の中から埃を巻き上げつつ立ち上がったのは、当の銭形だった。
 爆発の余波で吹っ飛ばされたものの、ルパンが近付いて来たのを知り物陰でそのまま息をひそめていたのだ。
「ガハハハハ! 貴様が死ぬわけはないと思っていたぞ!!」
 自信に満ち溢れた謎の迫力に圧倒され、ルパンは思わず仰け反った。
「げげっ。とっつぁん、元気そうで何より」
「お蔭さまでな! ルパン、『淑女の微笑』を返してもらおうか!」
「それはもう時効だぜ〜」
「馬鹿ぬかすな。そら、逮捕する」
 ルパンの手元で硬質な音が響く。銭形が素早く手錠をはめたのだ。
「あのさ、今はそれどころじゃねぇと思うんだけっども……」
 一向に堪えた様子はなく、ルパンはしれっと続ける。
「さっきの話聞いてただろうから補足すっと、地下室にはカパロスの膨大なコレクションを収めた部屋があったぜ。一応証拠になるんじゃねぇかな」
「ほぅ。ではやはり、所長は死ぬ気がなかったと言うことか」
「最期の最期でどう思ったのかは知んねぇけどよ。計画段階じゃあ、全てを高見の見物する気だったんだろうな」
「ふん。何様のつもりだ」
「あのヤローの死体はそのまま置いて来た。言っとくけど正当防衛だかんね?」
「この国の鑑識技術に期待することだな」
「んで、地下への入り口はこっから南に500メートルくらい行ったトコの洞窟の中。そっちにもエレベーターがあった。今ならオレの足跡辿ればすぐ分かるぜ」
「エレベーターに、長い地下通路か……。どこにそんな物を作る金があったんだ」
「内緒の産物だろうし、自費で補うにも限度があるだろうし。もしかすっと、経費を誤魔化してたかもしんねぇな」
「ふむ。金の流れについても調べてみるか」
「つーかさ、とっつぁんはどこまで事情知ってんのよ。カパロスの日記とか見た?」
「その辺は知らん。詳しいことは署で訊こう」
「えぇっ。怪我人を放置して帰る気かよ〜。とっつぁんらしくねぇな。中にまだ逃げ遅れた人がいるかもしんねぇのによ」
「その手は食わんぞ。警察官は俺だけではないからな。ほら来い」
「ちぇー」
 銭形が勇んでルパンを引っ立てながら研究所の正面に戻ると、警官たちが寄って来た。
「警部! 御無事でしたか。……彼は?」
「ルパン三世をひっ捕らえたぞ!」
「おぉ! さすが銭形警部!!」
 沸き起こった歓声はたちまちクラクションに掻き消された。
 一台の車が人々の間に猛然と突っ込んで来たのだ。
「危ないっ!」
 咄嗟にルパンを全力で突き飛ばした銭形は、運転席に座る次元を見て己が対応を間違えたことを知った。
 案の定、受け身を取りつつ銭形から離れたルパンは、即座に跳ね起きて車に向かって駆け出した。もちろん手錠は開錠済みである。
「乗れ! ルパン!」
「おうよ!」
 窓から身体を突っ込んだルパンを後部座席の五右ェ門が車内に引き込む。
 不二子の姿が見えないのはさっさと逃走したからなのだろうか。銭形の脳裏に、駐車スペースに停まっていた真っ赤な車が一瞬浮かぶ。あとで合流するつもりかもしれない。
「とっつぁ〜ん! これ、さっき言ってた色んな情報だぜ。活用してくれよな〜!」
 そんな言葉と共に、紙ファイルが銭形の眼前に音を立てて落ちた。ルパンが放り投げたのだ。
 後を追うかファイルを拾うか、銭形は一瞬迷った。パトカーは離れた場所に停めてある。幾人かの警官が慌ててそちらに向かったが、今から追い付けるわけがない。
 ルパンが生きていたことに浮かれて、仲間が姿を消したことに気付かなかった自分のミスだ。
 車はあっと言う間に視界から消え去った。
「ルパァァァン! 覚えておれ〜〜!!」
 未練がましく大声で怒鳴ってから、銭形は表情を引き締めた。
 真っ先に警察本部に無線連絡してルパンの車を緊急手配。そしてファイルを拾い上げつつ、部下たちを見渡す。
「お前たちは救急車が着くまで避難者の傍で待機。そっちは周囲を回って怪我人が他にいないか確認しろ。重機が来るまで中には入るな。一部は俺に付いて来い! カパロスの抜け道を探すぞ! いいか、事の真相は我々が明らかにするんだ!!」
 気合の入った号令を聞き、警官たちは一斉に敬礼した。
「はいっ!」
真相と言うほどの真相でもありませんが、まぁ、以上のようなワケでした(゜▽゜)
ラスボスの悪人感が足りませんでしたね。厄介なのは本人よりも仕掛けの方でした、って感じ。

銭さんがちょっとマヌケになっちゃったのが残念です(だから最後で格好良くしてみたv/笑)
次話、エピローグ。

(2016/8/7)

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